第290話 バレンタインデー

文字数 1,547文字

力なく座り込んでいる私とは対照的に丸山さんは陽気にレタスんの肩をたたいた。

「おいレタスん、お互いに自分の奥さんは自分で何とかしよう」

レタスんは周りに深々と頭を下げて、奥さんの背中を押して教室を出て行った。

その後、丸山さんは私に優しい言葉をかけるでなく三分ぐらい「あははっ、亜紀先生こんなことになって可哀想!」と落ち込んで肩肘をついて俯いている私を指差して笑っていた。

きっとこれからどうやって場を収めるか考えているのだろう。


三分後、彼は子供達に「よしっ給食食べよう!」と言い、私を見た。

私も何とか気を取り直して「……はいお当番さんいただきますお願いします」と言った。

すると婦人会会長が今だと言わんばかりに出てきて「今日の給食は婦人会で特別に作りました。村名産のレタスをふんだんに使っています」とカメラ相手にニコニコ喋り出した。

子供達が「今日の給食はレタスしかない」と叫ぶ声が聞こえる。

よくよく給食をみるとレタス炒飯とレタスの味噌汁とレタスサラダとレタスの唐揚げだった。

普段栄養バランスを考えた美味しい給食を作ってくれている調理員の原田さんの悲しそうな顔が思い浮かぶ。

もう何もかもめちゃくちゃだ。


とにかく「いただきます」をしてみんなで給食を食べ始めた。

丸山さんは「美味しい!」と大袈裟に叫んで食べていた、野菜好きじゃないのに。

給食が終わると村長がインタビューに答え、満足そうに村人全員を引き連れて教室を出ていった。

すると丸山さんが私の所に来て「紅白帽子貸して」と言うので、頭に被せるとまた子供達が寄ってきて彼を見て喜んでいた。

彼はそのまま掃除も手伝ってくれ、率先して床ぶきまでしてくれた。

「丸山さん、子供嫌いって公言してるけど本当は子供好きなんですか?」と言うと
「いやー、子供?あんまり好きじゃないですね」とわざと大声で言った。

子供達はそれを聞いて「嘘だ、本当は大好きでしょ?」と喜んでいた。

掃除が終わると丸山さんとヒロくんが視聴覚室に行ってしまった。

打ち合わせによると後二十分でヒロくんが念願だったコントを丸山さんとする。

教室で帰る準備をして連絡帳を書いているとあっという間に二十分が過ぎて、みんなでワクワクしながら視聴覚室まで向かった。

そこには村長や村議会議員の人達、婦人会の人、普通の村人、村のゆるキャラレタスんも懲りずに再び来ていた。

打ち合わせ通りの時刻きっかりにヒロくんと丸山さんが特設のステージから出てきた。

ヒロくんが「ショートコント、石」と言った。ヒロくんが床にうずくまり、丸山さんが歩いてきてつまづいた。

「いてっ、何だこれ?」するとヒロくんが飛び上がって「石田、石田、僕は石田ヒロ」と満面の笑みで言った。

正直子供がやれば何でも可愛くて面白い。五つほどコントの間ずっと会場は笑いと拍手に包まれた。

教室で笑ったことのない転校生の彼も笑っていたので、笑いの力ってすごいと思う。

「どうも、ありがとうございました。」と二人が舞台袖に引っ込んでいったので、私は立ち上がりヒロ君と丸山さんを呼び戻した。

「みんな面白かった?」と聞くと子供達は「面白かった」と返してくれた。

丸山さんが「じゃあ担任の亜紀先生はどうでしたか?」と私に話を振ってきたので、「すごーく面白かったです。そのまま二人でm1でたらいいと思います」と言った。

彼は「ヤメロ」と小声で言っていた。

村長さんにも「面白かった!芸人になれる」と太鼓判を押されてひろくんはニコニコしている。

その場での帰りの会の後、子供達は丸山さんにハイタッチして「さようなら」と帰っていった。

転校生の彼も丸山さんにハイタッチしたので正直驚いた。誰にも心開いたことなかったのに。

普段そんな事考えたこともなかったけれど、丸山さんは実はすごい人だったのかもしれない。
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