第262話 深夜の訪問者

文字数 989文字

「それで極め付きは美咲の父親が薦めるどこかの会社の御曹司と結婚して一緒に海外勤務についていくことにしたらしく本当に行った」

「何で止めなかったの?」
やりたい事はきっちりやる彼ならどんな手を使ってでも結婚を止める気がしたからだ。

「何で止めなかったかと言われると、美咲からは夢を諦めて俺の父親の会社、今は姉ちゃんの旦那さんがやってる所に就職しろって言われててそれは無理だったんだよな」

「そっか」

そう言って彼から目を逸らし道路を行き交う車の光を見つめた。
今日はこの相槌が沢山出てくる。否定も肯定もしなくてよくて使い心地がいい。

「当時女は25までに結婚しないと負け組みたいな常識が残ってたから、自分が負け組になることを許せなかったんだろうな」

彼はそう悲しそうに夜景を見た。彼の綺麗に整った横顔を見ていると何故だか胸が苦しくなる。

「私は美咲さんの気持ちわかるよ」
そう言うと彼が驚いた顔で私を見た。彼と目を合わせることができずに東京タワーを見ると、後何回この場所から見られるのだろうと切なくなった。

「男の人のことはよくわからないけれど、女にはやっぱり見えないリミッターがあるから。気にしない人もいるけど、大部分の人はそれに怯えながら人生決めて行かなくちゃいけない。
今は結婚なんて通過点でしかなくて、子供さえ産まれればいいやって考える人多いから、そのリミッターが大分後ろに行ってると思うけど。

美咲さんも他の人が好きで結婚したんじゃなくて、重ちゃんが大好きだったんだと思う。
けれどリミッターが怖かったんだよ。やっぱり自分の家族が欲しいし、自分の子供が欲しい。本能でそう求めてるから」

彼がずっと私を見つめているのがわかっていたけれど目を合わす事ができない。けれど喋り始めた口も止まらない。

「人の気持ちなんてすぐに変わってく物だから、愛を貫いて結局十年後自分に何も残らなかったって本当に馬鹿だと思うし。だからその気持ち良くわかる」

そう言い終わって小さなため息をつくと彼は何かを言いかけてやめた。
他人の話に被せて例え話をしたけれど、これは他ならぬ自分のことだった。35歳の私もその選択をしなければならない時がすぐにやってくるだろう。

けれど白黒はっきりつけるのはもう少し後でもいい、今はまだ彼の隣にいたかった。彼が纏っているこの都会の夜の匂いが落ち着くのだ。

しばらくまた二人で夜景をあてもなく眺めていた。
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