第343話 四月の風

文字数 2,619文字

ゴールデンウィーク明けに遠足がある。塚田君が高崎城がいいと言うので目的地はそこに決まった。

四月も終わりかけの土曜日の午前中、私と塚田君とさくらちゃんと三人でその下見に行くことになっていた。

ところがその朝、さくらちゃんから「体が怠くて」というメッセージが届いたのだ。

さくらちゃんの部屋に行って体温を測ると38度あった。

頭を冷やし、コンビニでポカリを買って飲ませたりしていると、さくらちゃんのお母さんと連絡が取れ、今から来てくれることになった。

やっさんとか智に連絡すると部屋に行きそうだから止めておこう。

三十分後、さくらちゃんのお母さんが到着し命の恩人の如くお礼を言われた。

お母さんに後は任せて入れ替わりで部屋を出るとマンションの外廊下から澄み切った四月の青空が見渡せた。

高崎城に二人で行くのか

塚田君は土日はずっとフッサルやら草野球やらで忙しくしている。念のために聞いてみると「さくら先生には申し訳ないけど、この後ずっと大会が続くから今日行きたい」と言われた。

私が一人で意識しすぎているのだ、自意識過剰。

学校に到着すると、塚田君がもう待っていて、いつも通り穏やかに「行こう」と言われた。

春の陽気な天気の中、世間話をしながら実際に遠足で通る道を歩く。

健のドラマの話をしていたら「弟さん達元気?久しぶりに会いたいよ」とまで言ってくれた。

本当に優しいな、これはモテるわ。

更に十分ぐらい歩く、昔高崎城まで行く時に二人で歩いた道に差し掛かった。

この道を緊張しながら歩いた記憶が蘇る、塚田君と二人で出かけられるなんてこんな幸せがあっていいのだろうかと震えていた。

懐かしい、けれど塚田君はもう覚えていないだろう。

神社の境内の大きな銀杏の木を通り過ぎた頃、塚田君がこう言った。

「懐かしい、十何年前もこの道歩いたな」
「……覚えててくれたんだ」

驚いて塚田君の顔を見ると「忘れないよ」
そう優しく笑ってくれたので、一瞬にして塚田君に引き込まれそうになった自分がいる。

昔の思い出深い場所に行くと、当時の気持ちに戻ってしまう、この現象に誰か名前をつけて欲しい。

高崎城に着くと、子供向けイベントをやっているようで家族連れで溢れかえっていた。

「ここら辺でシート広げてお弁当食べさせて、食べ終わった班からあっちの広場で遊ばせるか」

「そうだね、でも興奮して走ってどっか行っちゃいそうで怖いかも」
「確かにな」

二人で顔を見合わせて笑った。

次の瞬間、誰かに「蓮と亜紀ちゃん?」と声をかけられた。

私と塚田君を同時に名前で呼ぶ人物?と不審に思い声の主を見ると、すぐに誰だかわかった。

私の高校の同級生でもあり、大学時代に塚田君と付き合っていた寧々ちゃんだった。

寧々ちゃんは昔と何ら変わらず綺麗でおまけに可愛いお子さんを二人連れていた。

「寧々ちゃん!」

そう驚くと寧々ちゃんは興奮した様子を見せた。

「亜紀ちゃんは結局蓮と結婚したの?本当に良かった」

「いやいや結婚してる訳では無くて、今同じ学校で同じ六年生持ってるんだよ、それで今日は遠足の下見に来た」

黙ったままの塚田君に代わりそう説明すると、首からぶら下げた学校の名札を見せた。

寧々ちゃんは不服そうに「そうなんだ、亜紀ちゃんはまだ結婚してない?」と聞くので頷くと「噂で聞いたけど蓮もまだ結婚してないんでしょ?」と言った。

塚田君は気まずそうに頷いた。

「だったら今度こそ付き合って結婚して、本当に悪いことしちゃった。亜紀ちゃんが蓮と付き合うべきだったのに、私が蓮と亜紀ちゃん付き合わせない為にずっと蓮を引き留めてたの」

「いやいや、寧々ちゃん何を言い出すの」
塚田君は困ったように何も言わない。

「本当に亜紀ちゃんに悪いことしちゃった。蓮のこともそうだし、私のせいで高校の友達と仲違いさせたんじゃないかって」

「いやいや、大丈夫だよ。そういう関係だったってだけで」

寧々ちゃんのお子さん達が「ママ早くパパの所行こうよ」と服を引っ張った。

「ごめん、私もう行かなくちゃいけないから。本当に今度こそ付き合って」

「いやいや寧々ちゃん何を言ってるの」

寧々ちゃんは春の嵐のようにあっという間に行ってしまった。

周囲の家族連れが楽しそうに遊んでいる声が聞こえる中、気まずい空気が私と塚田君に流れる。

塚田君は黙ったまましばらく何にも喋らなかった。

別れた恋人に会ったら複雑だろう、私もあの人に会ったら暫く何にも喋れないと思う。


帰り道、私達の隣を大型トラックが走り抜けて行った時、塚田君がこう呟いた。

「俺は鈍感なのかな」
「……うん、まぁそうかもしれない」

鈍感だからこそ、みんなに優しくしてここまで無双している。

「山浦さん、俺と寧々さんのせいで高校の友達失くしたりした?」

大学の頃、綺麗で明るくて優しい人気者の寧々ちゃんの彼氏にちょっかい出す嫌な女と経済学部で噂になり、同じ大学に進学した高校の友達が大分減ってしまった。

私が積極的にちょっかい出した訳ではないんだけれど、大学内カーストや結果論から言えばそういうことになる。

「……そんなこともあったかもしれないけれど、まだ付き合いのある子達もいるし、大丈夫だよ」

「本当にごめん」
「いいって、大丈夫だよ」

塚田君が遠くの山を見た。

「この間山浦さんが言ってた惨めだっていう意味がわからなくて、ずっと考えてた。それで今日ようやくわかった」
「十何年遅いよ、塚田君」

気まずいムードを打ち消したくてそう戯けて言って無理やり笑った。けれど塚田君は真剣な表情を崩そうとしない。

「昔、何度も寧々さんと別れようと思った、山浦さんのお母さんが亡くなった時もそうだし、山浦さんが学校来なくなった時もそうだし、でも結局別れられなくてあんな中途半端なことした」

「別れられなかったのは私より寧々ちゃんが好きだったんだよ」

「そういう訳ではないんだ」
「そういう訳なんだよ」

私はそう言って微笑むと、胸にしまっていた埃を被った思いが何故だか十何年ぶりに外に出てきてしまった。

「ついでに言うと、私が大学来なくなった原因半分くらい塚田君だから!うちの親がまともだったら、私あの人と付き合えてたかもしれないんだってやさぐれたの、だからあの中途半端な優しさ反省して」

そう明るく言うと遠くから「塚田先生!山浦先生とデートしてる」と叫び声が聞こえた。

声の主は学年一浅く広い交友関係を誇る塚田君のクラスにいる森田さんだった。

森田さんは学校までしつこくついてきて私たちの関係を追求していた。











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