第247話 深夜の訪問者

文字数 1,653文字

思い出せば思い出すほどあれは今ここにいる彼だった。先生は直接的な被害者なのですぐに思い出したようだ。
「来たよ、重明が当時付き合ってた彼女と母さんと突然来たよ」
「やっぱり来ましたよね」

彼はやっとのこと思い出したようだ。
「あー俺行った、確かに群馬に行かされた。俺だって行きたくて行ったんじゃねぇから!美咲に呼び出されて、知らないうちに無理やり車に乗せられて兄ちゃんの大学連れてかれた。兄ちゃんの部屋行ったら女子大生がいて……あっ、あれ亜紀か、亜紀だな」


十何年ぶりにあの時の記憶が甦る。かなり強烈な出来事だったからはっきりと覚えている。

確かあの日は空いた時間に春子という友人と二人で義政先生に頼まれた仕事していた。

ノックも無しにいきなり戸が開けられ、金髪で金のネックレスとブレスレットをした背が高い男の人と同じく金髪で胸の谷間が強調され下着が見えそうなミニスカートの派手な女の人と和服姿の年配の女性が入ってきた。

うちの大学は地方の国立大学なので派手な人はあんまりいない、だから見た瞬間、カタギの人ではないと思った、本当に失礼な話だけれどもチンピラと娼婦と極道の妻が来たと思った。

女性二人は何にも言わずに偉そうに私達を蔑んで見ている。チンピラみたいな男の人が話しかけてきた。

「丸山義政いる?俺弟なんだけど」
春子は「今呼んできます、亜紀は先生戻ってくるまで絶対ここに居てね」と言って逃げて行った、友人に裏切られたのだ。

私も逃げたかったけれど、チンピラ達だけにすると部屋の中で何するかわからない。本棚とか揺すって全部倒して椅子を蹴り上げそう。

それにしても何だこの匂い、デパートの化粧品売り場を濃縮したような異臭、鼻をつんざくような香水の匂いが時間が経つにつれて部屋に充満していく。


チンピラ風の男が親し気に話しかけてきた。
「兄ちゃんどう?ちゃんと先生やってるの?」
「は、はい」
怯えながらそう答えるとチンピラは矢継早に質問を浴びせてくる。
「今何歳なの?」「家近くなの?」「どうやって通ってるの?」
この人何の目的でそんな事聞いてくるんだろう、怖すぎる。

突然腕と背中に何か小さいものが当たった、小銭がチャリンと音を立てて床を少し回って落ちた。何が起きたのかわからなかったけれど、すぐにあの娼婦みたいな女性が私にお金を投げつけたのだとわかった。

女性は機嫌悪そうに腕組みしてこちらを見ている。何故かチンピラがすぐに私に謝ってきた。
「ごめん、本当にごめん、悪気はなくて」

そんなチンピラの様子を見て女性はさらに機嫌を悪くし、かなり高圧的な口調でこう言った。
「ちょっと!喉乾いたからあんたジュース買って来なさいよ!」
「本当にごめん、買ってこなくていいから」

必死に私に謝るチンピラを無視し、女を睨み返すと淡々といった。
「自動販売機はエレベーター前にありますのでご自分で行ってください」

和服姿の年輩の女性がとうとう口を開いた、年長者としてこの女性を止めてくれると思ったのだがそういう訳ではなく女に加勢した。

「こんな貧乏大学の学生の癖に生意気よ、お兄ちゃんに言いつけてやるから」

お兄ちゃん?この人本当に先生のお母さんなの?それか継母という可能性もある。

「義政先生はジュース買ってこいなんて言いません」
そういうと何故かチンピラが「そうだろうな」と笑った。

女が馬鹿にしたようにこう言った。
「ねぇ、あなたのお父さんは何されてるの?」
その質問に答えられない、というか何しているのかわからないのだ。

「答えられないの?可哀想ね。こんな貧乏臭い大学で地方にいるなんて可哀想、そんなペラペラの服着て可哀想、お金がないっていやね」

こんなに悪意に満ち溢れた人に会ったのは初めてだった。確かにわたしにはお金がない、必死にバイトして何とか生活している。でもこんな女に言われる筋合いはない。

チンピラが自分の彼女に怒った。
「いい加減にしろよ!この子に失礼にも程があるだろ!」

女はキッとチンピラを睨んだ、チンピラは気まずそうに目を逸らした。この人たちどんな関係なんだろう。
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