第8話 帽子岳の山頂で

文字数 1,754文字

最後の稜線を歩いていると頂上がすぐそこに見えているせいか子供達の声も明るい。

午前十一時、やっと頂上に着くと子供達から歓喜の声が上がった。

計二時間、とても長かった、眼下には山の上村一帯のレタス畑や街並み。長野県の佐久市街地が豆粒ほどの大きさで広がっていた。

頂上に汗を冷やす心地良い風が駆け抜けている。

「登頂記念にみんなで写真とりましょう」そう私が言うと子供達が「やった」と喜んだ。

「丸山さんもいいですか?」そう聞くと「いいよ」と言ってくれたので校長先生と子供達を並ばせ、丸山さんにも入ってもらった。

カメラのシャッターを押そうとすると、丸山さんに「先生は入らないんですか?」と聞かれたので「私は大丈夫ですよ、撮る人いなくなっちゃうし」と言った。

「こう言う時の為に、今日特別にマネージャーも登ってるから」と丸山さんが言うとスタッフの人達が笑った。

マネージャーさんらしき若い男の人が「今日はせめてもの罪滅ぼしで登ってます」といい写真を撮る係を代わってくれた。一体何の話だろうか。


鏡交信まであと五分、子供達もウキウキでリュックから鏡を取り出している。

校長先生が「学校はあっちだぞ」と言うと、手を振り出す子供たちまでいる。

丸山さんが子供達にインタビューした後に私の所に来た。

「先生、鏡は何個持ってきたの?」

「鏡は三つしか持ってきてないです。はい丸山さんもどうぞ、今度は一番可愛いキャラものですよ」

そう言いギティちゃんのピンクの手鏡を渡した。

「こういう硬いものは匂いしないんだよな」と呟いたので、「仕事熱心すぎでしょ?」と丸山さんを見て笑った。

腕時計を見ると十一時半、「丸山さん、もう始まりますよ」と言うと「何するかいまいちわからないけど楽しみだな」と言った。

約束の時間ぴったりに学校から銀色の光が点滅している。

「わぁ」と子供達から感嘆の声があがる。

普段生きてる分には光なんてあまり感じた事がない。

けれど鏡交信の光はいつ見ても今まで見たことがないくらい輝いた銀色だ。

麓から届く光のエネルギーにぐいぐい押される気がする。

隣にいた丸山さんに「こんな単純なことだけどなんだか感動しますね」と言うと「うん」と一言だけ言って私を見て笑った。

何だか凄く優しい顔だった。

きっとこっちの丸山さんの方が素なんだろう。

鏡交信が終わりお弁当の時間になった。班ごとに食べるのだが、丸山さんをよく喋りそうな子が多い班に入れると、私は校長先生と二人でご飯を食べた。

ミニチュアの景色を見下ろしながら食べるおにぎりは最高に美味しい、更に校長先生の奥さんがつけた漬物を食べるともっと美味しい。

校長先生とニ週間後に控えた運動会の世間話をしていると後ろから「亜紀先生」と丸山さんに声をかけられた。

「予備のおにぎり、もういらないでしょ?全部下さい」

理由もわからず丸山さんに私の持ってきていた予備のお握りを渡すと、「冷たっ」と言いラップを剥がして食べようとしている。

「他の人食中毒にしたら困るから保冷剤でたんまり包んできたんですよ。あっ、後安心して下さい、ちゃんとビニール手袋つけて握ってます」

私は呆気にとられてその様子を見ていた。

四年前に来た時は勿体無いなと思いながらも、一日持ち歩いたおにぎりを家で捨てた事を思い出した。

「いや、美味しいです。なんかこう、アイスみたいで。コンビニで売ってたら買うくらい美味しいです」

丸山さんはマネージャーさんの奥さんが作ったという罪滅ぼし弁当と呼ばれる物を食べていたから、流石にもう食べられなかったらしい。

一つお握りを食べた後、「アイスお握り食べたい人」と声をかけるとそのネーミングに惹かれて子供達が我先に食べに来てあっという間になくなってしまった。

子供に全ておにぎりをあげ終わった丸山さんの背後から声をかけた。

「丸山さん本当優しいですね、ありがとうみございます」

「俺の半分は優しさでできてるから」と言われたので「なかなか古いですね」と言って笑った。

彼の前髪を風が揺らしている、頂上にまた爽やかな風が吹いている。空を見上げると真っ青な空に白くて厚い雲がよく映えていた。
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