第108話 初めて過ごした朝

文字数 1,729文字

二日ぶりに学校に来ると職員室の机の上には書類が山積みになっていた。

教頭先生に挨拶に行くと香典を貰い、「この度はご愁傷様です」と言われたので「二日間お休みをいただきありがとうございました」と頭を下げた。

教頭先生がよく通る声で「お父さん昔駆け落ちして家出てったって聞いたけれど、どうして東京にいたの?」とよく通る声で聞いてきて教頭先生らしいなと笑ってしまった。

私がいない間に授業を行なってくれただろう先生達にお礼を言い、久しぶりの子供達との対面でいつもの調子を取り戻してきた。

放課後、図書室の前を通りかかると真美先生と美雪先生の姿が見えたので中に入った。

「あっ亜紀先生!この度はご愁傷様でした。」と二人に頭を下げられたので「いない間に図書館使わせて貰ったりとか二年生帰った六時間目に授業行ってくれてありがとうございます」と私も頭を下げた。

真美先生が声のトーンを落とした。
「お母さんは早くに亡くなったって、聞いてたけれど、お父さんの話は聞いたことなかったからびっくりしました」

「そうなんだよね、あんまり話してなかったけどさ、お父さん私が18歳の時に女と家出てったんだよね」

「はぁ?!」と二人の声が揃った。

「それでさ数日前にもう危ないからって親戚のおばちゃんから電話かかってきてさ、ようやく消息がわかったんだけど、縁もゆかりもない東京にいてさ、お世話になってたNPO法人の教会で式とか全部やってもらったんだよね」

私が軽くそう言うと二人は暫く何も言わなかった、いきなりこんな話聞かされても何も言えないだろう。

美雪先生が「その女とはお葬式で会ったんですか?」と言ったので「家出て行って数年で別れたみたい、父さんもだったら家帰ってくればよかったのにさ」

そう明るく答えた。

真美先生が呆れながらこう言った。
「亜紀先生、心広いにも程がありますよ」
「そう?」
「それに前から聞いてみたかったんですけど、弟さんいくつの時にお母さん亡くなられたんですか?」

「弟10歳の時だよ、私20歳の時だったから大変だったんだよね」

美雪先生が絶句した数秒後口を開いた。

「20歳ってまだ大学生じゃ?」
「そうそう」と笑ったけれど、二人は黙り込んでしまった。

真美先生が「なんか亜紀先生にずっと彼氏ができなかったって言うか、作らなかった理由がわかった気がします」と珍しく物分かりのいいことを言った。

「でも、それとこれとは別だしね、彼らはもう高校生になれば手もかかんなかったし、それは私の責任っていうか」

「そりゃあそうですよね、亜紀先生が幸せそうじゃないのは、努力を怠ってきたからですもんね」

真美先生がいつもの調子を取り戻したようだ。

「確かに努力は怠っていたから、これから頑張る」と自分に言い聞かせた。

すると真美先生が罠を仕掛けてきた。
「二日間東京にいたってことは、丸山さんの家泊まったんですか?」
「うん、泊めてくれた」
単純な私は見事に罠にかかってしまった。

ヤベェと思ったが最後、二人は「えーっ?!」と叫んだので、「冗談だよ」と精一杯の笑顔を作った。

真美先生が「ですよね」と言ったが、美雪先生がポツリと「亜紀先生の笑顔が引きつってる」と呟いた。

私は「あぁそう?そうかな?」と言いながら後退りし、図書室を出て慌てて職員室へと向かった。

別にあの二人には話してもいいんだけれど、ここまできたら話しづらい。

ずっと口を閉ざして来た自分の家のことが、普通に話せるようになった、それだけでも私の肩の荷が降りた気がする。


一週間後、テレビを見ていたらしげちゃんが出ていた。

北澤さんが鬼の首をとったように言った。
「こいつ、家に彼女泊まった時に、彼女寝てた布団いい匂いするって潜り込んでスーハーって一週間くらいやったらしいぞ」

彼が「匂い嗅ぎながら寝たら彼女と一緒に寝てる気分になれるだろ、流石に三日目から匂い消えたけどって彼女見てたらどうすんだよ!」と突っ込んでいた。

寝る前に「俺がこだわり持って洗うからシーツ外さなくてそのままにしておいて」と言ってたことを思い出し怒りに震えた。



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