第338話 四月の風

文字数 2,372文字

子供達と戦いながらもクラスを何とか維持して「ババア」と呼ばれなくなった4月の中旬。

 授業をしていてもちゃんと聞いているのはクラスの半分で残り半分は落書きしたり、寝ていたりしているけれど、他人の迷惑になる行為をしなくなっただけでもいいとしよう。

去年は子供達が騒いで授業ができなかったみたいだし。

休み時間に宿題の丸つけをしていると女の子四人組が私のところにやってきた。この子達は他の子に意地悪する子達ではないし、ちゃんと宿題もやってきて勉強しようとする意欲がある。

けれどもクラス編成をした塚田君が嫌がって私のクラスに入れた。

その訳はすぐにわかった、四人ともとにかく恋愛脳なのだ。

「ねぇ、先生付き合うなら年上か年下どっちがいい?」

「先生は弟がいるから絶対年上」

そう答えると四人の声が揃った。
「だよね」
「私は二十五歳ぐらい離れてる人がいい」
一人がそう言い出すとみんなが同意した。

「二十五歳上って三十五、六でしょ?私と同い年のおじさんじゃん」
「普通のおじさんは絶対無理なんだけど」

そう言って四人で校庭を見た、校庭では塚田君が男子とサッカーをしていてタイミングよくゴールを決めた。

「キャーかっこいい!蓮先生凄い!」
四人が騒ぎ出した。
「先生は蓮先生と付き合ってないの?」
「大学の同級生、付き合っていません」

「じゃあ先生、どうしたら蓮先生と付き合えると思う?」

ちょうど飲んでいた水筒のお茶を喉に詰まらせた。

塚田君はイケメンなだけではなく間違いなく年代関係なく女を引き寄せるフェロモンをばら撒いている。

塚田君は詳しく話そうとしないけれど、去年家庭訪問に行ったときに、クラスの子のお母さんが裸で待っていて命からがら逃げ帰ってきたことがあったそうだ。

「みんなが二十歳になるまで待って、そうしないと塚田先生犯罪者になっちゃうから」

恋愛脳の四人は「そうだよね、それまではプラトニックかな」と納得した。



最近ようやくクラスの子供達や他の先生方の人となりがわかってきた。

私のクラスの女子はとにかく凄い、表面的な特徴で言うと小六にも関わらずメイクバッチリしてくるギャル系の子から、タロット占いにハマり常にタロットを持ち歩いている子まで様々だ。

表立っての反抗が無くなった今の問題は、みんな性格が悪いのでちょっとしたことでマウンティングから派閥争いが起こったり、誰か一人の悪口を言い出し、それに同調し仲間外れをすることだ。

恐ろしい女達だ。


男子は面と向かって反抗してくる子はいないものの変わり者が多い。全く勉強する気がない子や、スカートを履いて登校してくる子、そして一番苦手なのはラビッツの大ファンで特に丸山さんが好きだという男の子がいる。

その子は日記に今日はこんなテレビに出ていたということを事細かく書いてくる。

そして私にまで感想を強要する。

当然のことながら乗り気でない私は彼に不信感を抱かれている。

この間はお母さんに「どうしてうちの子の話ちゃんと聞かないんですか」と怒鳴り込まれてしまった。

登校拒否で自殺まで考えたところを丸山さんのテレビを見て思いとどまったらしい。

塚田君が間に入ってくれ、彼は塚田君に毎日丸山さんの話をしに行っている。

こればっかりは今はまだ勘弁してほしい。

誰か新しい人を好きになればいいのだろうけれど、そんな気分にまだなれない。

凄く大切な人だったから、そんな簡単に心にあいた穴は埋められないのだ。

彼は今頃私のことなんて思い出しもせずに長年待ち焦がれた人と楽しくやっているのだろう。

最近ふと考える。

彼にとって私は何だったのだろうか。

でも仕方がない。何もかもが仕方がないのだ。


そして職員室にも厄介な人がいる、塚田君のことを好きな先生二人組だ。

歓迎会の二次会の件で完全に敵認定されてしまった。


一年生担当の背が小さくて可愛い系の舞先生と三年生担当の背が高くて綺麗系のひなた先生だ。

この人達がやっかいで、ことあるごとに私に突っかかって来るのだ。

今日も放課後、職員室で仕事をしていると舞先生が話しかけてきた。
「山浦先生、今年36になるんですよね?さくら先生のお母さんみたいですね」

隣の席のさくら先生はあからさまな悪意に怯えている。

長年の経験で知っている。
真面目に相手をするのもバカらしいので、パソコンを打ちながら答えた。

「お母さんじゃない、せめてお姉さんって言って」

ひなた先生も加勢する。

「どこからどう見てもお母さんですよ、私達はまだ20代ですけど」

すると塚田君がその二人の背後から「山浦さんがお母さんなら俺はお父さんだな」と笑った。

塚田君にこんな嫌味なこと言ってる場面を見られたくなかったらしく、あの二人はすごすごと職員室を出て行った。

さくら先生が呟いた。

「パパとママ」

「止めて、せめてお姉さんにして」と叫ぶと職員室にいる人達は笑った。

図書館司書の真里先生が話しかけてきた。

「亜紀先生、あの二人凄いですよね、露骨ですよね」
「ねぇ、凄いよね」

そう言って二人で塚田君を見ると相変わらず困った顔をしている。

「塚田君、あの二人の前で同じ職場の人とどうこうなるのはない」ってはっきり言ったら?」
真里先生も加勢する。
「はっきり言った方がいいと思いますよ」

「……いやそういう訳じゃなくて」

塚田君が口籠もった。この人は優しいんだけれど女に強く出られない、ここが短所だ。

大学時代から変わってないな。

島田先生が調子に乗って会話に参加してくる。

「塚田先生が「俺のアキを傷つけたら許さない」って言えばいいと思います」

「何その今時の高校生向けのラブコメ映画みたいなセリフ」

そう言うと周りのみんなが笑った。

島田先生はこうやって私と塚田君を仮想カップルにして色々言ってくる。

塚田君、本当にごめんなさい。

私が酔っ払って昔好きだったと言ってしまったばっかりにこんなことになってしまって、深く反省しています。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み