第86話 人間って難しいな

文字数 2,055文字

東京駅の地下街で三人でピザを食べていた。

丸山さんが不満そうに呟いた。
「何で亜紀ちゃんとチェーン店のワンコインピザ食べなきゃいけないの」

丸山さんは「もうちょっとマシな店行こう」と言っていたけれど、私が行きたかった店を見つけてしまい、「どうしてもここがいい」とお願いしたら、彼が折れてくれた。

「美味しいでしょ?この店テレビでも沢山紹介されてるのに、群馬にも長野にもないから食べてみたいってみんなで話してたんです。明日学校行ったら自慢しちゃおう」
「兄ちゃんこのピザのチーズめっちゃ美味しいよ」

智も美味しそうにピザを頬張ったけれど、丸山さんが申し訳なさそうに呟いた。
「次はもっとちゃんとした店連れてってやるから」
「ちゃんとした店って、イカツイ黒人のお兄さんが門番みたいに立ってて、ジーンズで行ったら「NO!」って断られる所ですか?」

「そうとこもあるよ」
「凄いバブリー」智と目を合わせて笑った。

「そういう店よりこういう庶民的なお店の方が気が楽じゃないですか?」
「自分一人で行くなら気楽だけどさ、女の人とこういう店は行かないだろ?」

「気楽な方がいいですって」
そう言ってもまだ丸山さんは複雑そうな表情をしている。七つも年が違うから、きっとアッシーとかメッシーとかが流行ったバブリーな価値観を持っているのだろう。寧ろいい家の坊ちゃんだから生まれつきのものなのかも。

すると智が何かを思い出したように話し始めた。

「だって姉ちゃんが大学時代に隣町一番の金持ちの家に家庭教師のバイトしてて、生徒が大学合格したとかで十万円貰ったんだよ」

「バブリーだな」と彼は笑い「そんなことあったね」私も懐かしくその当時のことを思い出した。

「その時に姉ちゃんが美味しい物食べさせてあげるって回らない寿司屋行こうってなったの。でも怖くて店入れなくて、結局いつもの百円寿司行ったんだよな」

「それ、結構恥ずかしい思い出だからここで言うな!」「エヘヘ、俺言っちゃったよ」「あーもう馬鹿!」と私も呆れたように笑った。


「だから私は根っからの庶民だからチェーン店の方が好きです。ほらこのピザ美味しいですよ。チーズも凄く美味しい」
そう言って四種のチーズトッピングピザを食べた。

彼はまだ複雑な表情をしている。
「そういうことじゃないんだよ、だいたいこんなワンコインの奴払う払うってしつこいんだよ」と彼は渋い顔をした。

実はさっき会計の所で少し揉めた。私が自分と智の分くらい払うって言ってるのに、丸山さんが「俺に払わせろ」と言った。

さっきは彼が折れてくれたなと思い出したので今回は私が折れ、丸山さんが全部払ってくれた。

「だって男の人に奢ってもらうって変じゃないですか?私だって働いてるし」


彼は大きなため息をついた。
「男の気持ち全然わかってないよな」

普段ご飯食べに行ったら100%私に払わせてる癖に、何故だか智は丸山さんに加勢した。

「そうだ、だから姉ちゃんモテないんだぞ」

丸山さんが智の口調を真似してこう言った。
「そうだ、だからキープしておく男もできないんだぞ。もうちょっと男の扱い方上手くなってくれよ」

これを言われると一番痛い。
「だったら……キープしておく男作ってやる!」
売り言葉に買い言葉でそう言うと智は「姉ちゃんに作れるわけないだろ?モテないのに」と爆笑した。


「キープしておく男なんか作らなくていいから」と丸山さんがイラついていたので「自分が言い始めたんでしょ?」と言い返した。

けれどもまだ不満そうにブツブツ何か言っていたので、私のピザを食べやすい大きさに切って、真新しいフォークに刺して「はい、あーん」と口の前に持ってくると彼は口を開けて食べた。

「素直に食べた」と智と笑った。

彼が飲み込んで「こんな事で俺の機嫌とろうとするな」と言うと「兄ちゃんめっちゃ笑顔じゃん」と智が叫んだ。

「こんな事で機嫌とれちゃった、男って単純」そう笑うと、「くそっ、変な気使ってフォークわざわざ新しいやつ出しやがって。どうせするならな、自分のフォークでして。あーもうなぁ……仕方ないな」と彼も笑った。



新幹線ホームまで三人で何でもない話をしながら歩いた。

父親がそう長く生きられないこともわかっていたけれど、かといってどうすればいいかもわからない。

丸山さんはあれ以来何も父親似触れなかった。本当に優しい人だ。

帰りも私と智を新幹線のホームまで見送ってくれた。

あの人にやっぱり知られたくなかったな、もう遅いけど。

父さんはこの先長くないということは、普通は24時間寄り添わなきゃいけないんだろう。でもそれを捨てたのは父さんだし、明日も仕事があるし、智も健もそれぞれの生活がある。

この先どうなるんだ。


新幹線は大宮を過ぎた頃、智はイビキをかいて寝てしまった。車内には誰もいないからそのままに放っておこう。そう思いスマホを開いた。
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