第318話 逃げる男
文字数 1,078文字
「……自分のこと?」
「智が言ってたことがある。姉ちゃんが18歳から30歳まで人生で一番いい時を俺達に費やさせて無駄にさせてしまったって」
「智、そんなこと言ってたんだ」
何故だか8歳の頃の智が思い出された。あの頃は小さくて可愛かった。絶対守ってあげなくちゃと思わさせてくれた。
「無駄にしたなんて思ってないのに」
そう言うとしげちゃんは優しい瞳で笑った。
「俺はその時にあいつに言われたんだよ、姉ちゃんのことよろしくお願いしますって」
今のこの発言は何を意図しているのだろうか。真意が読み取れなくて彼の顔を見つめた。
「だからさ」
彼が何かを言いかけたその時、ちょうど私の携帯の着信音が流れた。
美子ちゃんのお父さんだ。
早朝の新幹線だったこともあり私達以外には誰も乗っていない。この場所で出よう。
「もしもし、今新幹線で東京に向かってます。美子ちゃんどうなりましたか?」
「ちょっと思いの外難産で、臍の緒が巻きついてるんだろうな。胎児の心拍数が落ちててもしかすると緊急帝王切開になるかもしれない」
「えっ!美子ちゃんと赤ちゃん大丈夫ですか?」
「大丈夫だとは思うんだけど、一応知らせとくね」
「あの、今新幹線乗っててもうすぐ東京に着くので、智絶対見つけて連れてきます。本当に申し訳ありません!」
大きく息を吐き電話を切ると彼が心配そうに言った。
「美子と赤ちゃん大丈夫なの?」
私は怒りに震えていた。
あいつが逃げなかったら、美子ちゃんも安心してお産に挑めてこんな難産にならなかったかもしれないのに。
絶対に許さない。
「……刺し違えてやる」
「えっ?」
「もし、美子ちゃんか赤ちゃんに何か有ったらその時はあいつと刺し違えてやる」
しげちゃんは慌てて私が飲んでいたペットボトルの蓋を開けた。
「落ち着け、取り敢えず飲んで」
そう言われ口にお茶を無理やり含まされた。彼は必死に話題を逸らそうとしていた。
「そういえば智のいる場所は見当ついてるの?」
「絶対に健の部屋にいる」
彼は頷きながら「だろうな」と言った。
東京駅を降りると珍しく東京は分厚い雲に覆われていた。今にも雨が降りそうだ。
「健に電話かけて聞いてみる」
幸いなことに健はすぐに電話に出てくれた。
「もしもし健、もしかして智来てない?」
「いるよ、なんか夜中に来てまだ寝てる」
「今からそっち行くから、事情は後で話すけどそれまで絶対に智起こさないでいて」
タクシーに乗ると健の部屋に向かう。二十分ほどで八階建てのマンション前に着いた。
「懐かしいな。ここって木澤プロの寮だろ?昔に二、三回来たことある。あの時は違う子と鉢合わせちゃってさ」
私が無言で睨むと彼は黙った。
「智が言ってたことがある。姉ちゃんが18歳から30歳まで人生で一番いい時を俺達に費やさせて無駄にさせてしまったって」
「智、そんなこと言ってたんだ」
何故だか8歳の頃の智が思い出された。あの頃は小さくて可愛かった。絶対守ってあげなくちゃと思わさせてくれた。
「無駄にしたなんて思ってないのに」
そう言うとしげちゃんは優しい瞳で笑った。
「俺はその時にあいつに言われたんだよ、姉ちゃんのことよろしくお願いしますって」
今のこの発言は何を意図しているのだろうか。真意が読み取れなくて彼の顔を見つめた。
「だからさ」
彼が何かを言いかけたその時、ちょうど私の携帯の着信音が流れた。
美子ちゃんのお父さんだ。
早朝の新幹線だったこともあり私達以外には誰も乗っていない。この場所で出よう。
「もしもし、今新幹線で東京に向かってます。美子ちゃんどうなりましたか?」
「ちょっと思いの外難産で、臍の緒が巻きついてるんだろうな。胎児の心拍数が落ちててもしかすると緊急帝王切開になるかもしれない」
「えっ!美子ちゃんと赤ちゃん大丈夫ですか?」
「大丈夫だとは思うんだけど、一応知らせとくね」
「あの、今新幹線乗っててもうすぐ東京に着くので、智絶対見つけて連れてきます。本当に申し訳ありません!」
大きく息を吐き電話を切ると彼が心配そうに言った。
「美子と赤ちゃん大丈夫なの?」
私は怒りに震えていた。
あいつが逃げなかったら、美子ちゃんも安心してお産に挑めてこんな難産にならなかったかもしれないのに。
絶対に許さない。
「……刺し違えてやる」
「えっ?」
「もし、美子ちゃんか赤ちゃんに何か有ったらその時はあいつと刺し違えてやる」
しげちゃんは慌てて私が飲んでいたペットボトルの蓋を開けた。
「落ち着け、取り敢えず飲んで」
そう言われ口にお茶を無理やり含まされた。彼は必死に話題を逸らそうとしていた。
「そういえば智のいる場所は見当ついてるの?」
「絶対に健の部屋にいる」
彼は頷きながら「だろうな」と言った。
東京駅を降りると珍しく東京は分厚い雲に覆われていた。今にも雨が降りそうだ。
「健に電話かけて聞いてみる」
幸いなことに健はすぐに電話に出てくれた。
「もしもし健、もしかして智来てない?」
「いるよ、なんか夜中に来てまだ寝てる」
「今からそっち行くから、事情は後で話すけどそれまで絶対に智起こさないでいて」
タクシーに乗ると健の部屋に向かう。二十分ほどで八階建てのマンション前に着いた。
「懐かしいな。ここって木澤プロの寮だろ?昔に二、三回来たことある。あの時は違う子と鉢合わせちゃってさ」
私が無言で睨むと彼は黙った。