第347話 四月の風

文字数 1,112文字

ゴールデンウィーク最終日、今日は待ちに待った健のドラマの放映日だった。

ウキウキな気分でやり残した仕事をやるべく学校に行くと、塚田君とさくらちゃんがいた。

二人で楽しそうに校庭でテニスをしているのを見て思った。

昨日はさくらちゃんの告白で感傷的な気分になってしまったけれど、塚田君はこうやって彼女とスポーツ観戦したり体を動かすデートをするのが好きなのだ。

映画とか読書とかはじっとしていられないから無理だと本人が断言している。

好きなことが違いすぎる、付き合えたとしても多分一ヶ月で捨てられるだろう。

結局、塚田君とは付き合えそうで付き合えない、その方がいい。だから私も自分の気持ちを見なかったことにする。

これでいいのだ。


休日出勤してきた先生方に散々今日の深夜ドラマ見てねと宣伝した。少しでも人気が出て俳優を長く続けて欲しいからだ。

夜11時過ぎ、家にはテレビがないので智の家に見せてもらいに行った。

甥っ子の勇はもう寝てしまったらしい。

智が「いよいよだな」と落ち着きなくウロウロしている。

十一時半そのドラマは始まった。ヒロイン役の女優さんは今売り出し中の女優さんでCMで見たことがある。

ドラマが始まって二十分過ぎ、健は出てきた。
智が「ウォー!!」と大声で叫んで美子ちゃんに怒られていた。

四年前に健が上京するシーンを思い出し胸にくるものがあった。

「今後はどうなるかわからないけれど、あの時東京に行かせて本当に良かった」

そう言うと智と美子ちゃんと三人で泣いた。

ドラマが終わり帰り支度をしていると、智が申し訳なさそうな顔をして近づいてきた。

「ごめん、姉ちゃん」
「何、また何かやったの?」
「いやあ、あのさ俺兄ちゃんに会った」

世界がひっくり返って心臓が止まるかと思った。
「……なんで?何の為に?」

「兄ちゃんが姉ちゃんにこれ渡してくれって」智はそう行って白い封筒を差し出してきた。

「受け取らない、返しといて」
「……姉ちゃん」

悲しそうに立ち尽くす智の後ろから美子ちゃんが顔を覗かせた。

「お姉さん、お兄さんはお姉さんにもう一回会いたいみたい。一応読むだけ読んであげたら?」

美子ちゃんの頼みに渋々封筒を受け取る。

今更会いたいってどういうことなんだろう、

私のこと愛してたんだったら、あの時私のこと追いかけるでしょ?

ちゃんと美咲さんに結婚する約束してるって言うでしょ?

今は五月上旬、あの人と別れて二ヶ月近くが経って季節も冬から春に変わった。


マンションまでの帰り道、線のように細い三日月の下、夜風が体を少しずつ冷やしていく。

裏道の街灯の下でどうしても気になって封筒を開けた。

そこには懐かしい綺麗な字で「もう一度会って話がしたいです 丸山重明」とだけ書いてあった。
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