第129話 夜の街で

文字数 1,798文字

新幹線に乗りようやく自宅アパートに帰ってくると、午後十時半を回っていた。お風呂を沸かしてその合間にラジオを押入れから引っ張り出す。

選局ボタンを二回押すと彼の声が聞こえてきた。
明日の準備をしながらラジオを聴いていると日中に北澤さんと行ったという蓮根の収穫ロケにいた変なおじさんの話をしていた。

お風呂に入ってまた部屋に戻るといつの間にか話が変わっていて、楽しそうな北澤さんの声が耳に飛び込んできた。

「あーやる気もないのに抱きしめて寝させてくる頭おかしいお前の彼女の亜紀ちゃんか」
「名前言うな、それと頭おかしいっていうな、身持ちの堅いって言え」

二人に好き放題ネタにされている、彼がこういう仕事してるから仕方ないのだろうか。

「彼女が弟の舞台観に東京来てたから、蓮根ロケとラジオ局に来る前の3時間の空き時間で彼女に会った」
「すぐホテル行ったんか?」
「行くわけねぇだろ、たまには雰囲気のいい所行くかなってバーに連れて行ったら彼女がカクテル注文しようとしたから、アルコール少な目というかむしろノンアルコールで作って貰ったらブーブー文句言っててさ」

「バーに連れて来といて酒飲まさんって、そんな理不尽なことないだろ」
「俺が一緒にいるならいいけど、仕事あるし急に酒飲まれるのが不安になったんだよね、今物騒だし」
「じゃあ最初からバー連れてくな。彼女可哀想だろ、だったらラジオ局の裏口でずっとキスしてろ!」
「……何でお前それ見てんだよ!」
「車で来て駐車場入ろうとしたら必ず目に入る場所でするな、仕事前に相方がキスしてるの見せられた俺の身にもなれ!」

北澤さんがそう叫んだ所でラジオの電源を切った。何でよりにもよって北澤さんに見られてるんだ、恥ずかしすぎるでしょ。

とにかくこれ以上聞くのは止めよう。

世の中知らない方が幸せだということもある。



それから二日後の十一月の中旬の火曜の夜のことだった。天気予報によると深夜には氷点下まで気温が下がるらしい、なので今年初めてストーブを使った。

口煩い保護者の電話対応が一時間かけてようやく終わった夜八時、特にやることもなくアリオメーカーをしてストレス発散していると彼から電話がかかってきた。

「さっき電話繋がらなかったけれど、また保護者対応?」
「うん、宿題になかなか手をつけないのは私のせいだって言われてさ。ゲームしてテレビばっかり見てなかなか宿題をやらないのは学校の教育が悪いんだって」

「無茶苦茶だな」
「ちょっとしたことでも何でも学校のせいにしてればその時は楽だけどさ、あの子が大人になって学校がなくなった時どうすんの?いつか何処かで現実受け入れて子供と向き合わないとツケがどんどん溜まってくのにさ」

普段なら彼なりに考えた事を返してくれると思う、けれども今日は何か違った。
「大変だな」
一言だけ上の空で言われた。体調でも悪いのだろうか。

「……そう、だから今アリオメーカーしてストレス発散してたんだ」

「そうか、アリオメーカーか」

何故だか電話越しの彼は慌てているような気がした。
「なんか今日変だけどどうしたの?」

「実はちょっとまずいことになった」
「何?どうしたの?」
「あのさ今週の週刊誌に俺の記事が載ることになって」

週刊誌といったら大スキャンダルを暴くというイメージがあっので身体中に緊張が走り鳥肌が立ち、おそるおそる尋ねた。

「……何かしたの?」
「安心して、スキャンダルではない、事務所に呼ばれて行ったら若い女の子達が俺のこと見てクスクス笑うんだよ」

よくわからないけどスキャンダルではないらしいのでホッとした。


「そうなんだ、じゃあ買うね」
「買わなくていい!絶対買わないで、お願いだから見ないで」

彼がいつにもなく慌てている、いつも落ち着いて自信満々にのに、こんなに慌ててることなんて今まで見たことがない。
「そんなにヤバイの?大丈夫?」

「ヤバくはない、マネージャーと社員が今週こんな記事出ますよって半笑いで出してくるぐらいの面白記事なんだけど、とにかく買わないで見ないで、俺心入れ替えるから見ないで」

彼が必死に懇願している。

ヤバイ記事ではないが面白記事、面白記事なら私見てもいいじゃん。でも彼は買うな見るなと言っている。

一体どういうことなんだろう。
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