第159話 一時間だけ

文字数 1,494文字

翌日の月曜日、気温がぐっと下がり燃料費を節約している職員室でもストーブを焚き始めた放課後のことだった。

図書室の前を嫌な予感がしながらもいつものように通りかかった。すると案の定美雪先生と真美先生に引っ張り込まれ椅子に座らせられた。


二人は仁王立ちで私を見ている、美雪先生が悲しそうな顔で言った。「何で言ってくれなかったんですか?」

私はこの後に及んでまだシラを切り通すか正直に認めるか迷っていた。どうしよう、どうしたらいいんだろう。

真美先生が名探偵のように喋り始めた。
「単刀直入に聞きますけど、昨日丸山さんと佐久平駅に向かって腕組んでイチャつきながら歩いてたんですよね」

こまで来て嘘をつくのは余計な混乱を生じさせるだけだし、この二人とは二人が独身の頃はよく遊んでいた仲だし、こうなったら言うしかない。

「……歩いてたよ」

「もう一回単刀直入に聞きますけど、丸山さんと付き合ってるんですか?」
「……付き合ってるよ」

二人は悲鳴に近い声を上げた。真美先生らしく失礼な事を聞いてくる。
「本当に付き合ってるんですか?単なるワンチャンで亜紀先生の勘違いじゃなくて?」
「付き合ってると思う、好きなだけネタにしてるし」

そう言うと真美先生らしく手を叩いて息も絶え絶えに笑った。
「丸山さんが言ってたあれ、やっぱり亜紀先生のことなんだ」

美雪先生らしく穏やかに聞いてきた。
「昨日はあんな時間に何してたんですか?」
「前の仕事が早く終わって次富山で仕事だったみたいで、一時間空いたからって家来てくれた」

真美先生はそこまで聞く?ということまで聞いてくる。
「亜紀先生の家で何してたんですか?」
「仕事が忙しいらしくて、家来て寝てた」
「それ膝枕とかしてたんですよね」
図星過ぎて変な声が出ると二人は手を叩いて爆笑した。

真美先生が息も絶え絶えに言った。
「ああいう一見Sっぽいタイプって実は叱られたり甘えたりするの好きですよね。ずっと意味もなく胸とか触ってきそう」

凄い……ドンピシャに当たってる、でも当たってるなんて言えないから愛想笑いで誤魔化そう。

「ハハ、とにかくそう言う訳で誰にも言わないでね」

二人は顔を見合わせた。

「でも、職員室ではまことしなやかにその噂が」
「何それ?!どういうこと?」
美雪先生が申し訳なさそうに言い出した。
「敏朗先生は東京駅で弟さんと三人でいる所見たって言ってて、見間違いじゃないかって言われてはいたんですけど」

「それとか丸山さんが何であのダムにいたの?えっその日亜紀先生ダムの下見行ったって書類出してるけどとか」

「丸山さんが最終の新幹線から降りてきて、亜紀先生のアパート向かってるの見たとか。みんな敢えて言い出さないですけど」

「丸山さんが好き放題ネタにしてるから、若い男の先生達は山浦先生って優しそうなのに付き合うと変態的なこと要求して、意外とキツいんだなって噂してましたよ」

目眩がして倒れそうになった。やっぱりこうなるよね。

真美先生が珍しく真面目な顔になった。
「亜紀先生、でもあんまり本気にならないで下さいよ。相手丸山さんだから」

美雪先生も心配そうな顔をしている。
「のめり込みすぎないようにして下さい」

「やっぱみんなそう思うよね、でももう遅いよ」と明るい調子で言ったけれど、二人が何にも言わずに黙り込んでしまった。

普通は「結婚できるといいですね」と言われる所だけれども「あんまりのめり込みすぎるな」と注意される。客観的に見てそういうことなのだろう。

この先どうするんだろうな。
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