第292話 同窓会

文字数 1,599文字

金曜日の夜、新幹線で東京に行き彼の部屋で帰りを待っていた。

彼は予定よりも早い八時半に薔薇の花束とケーキの箱を持って帰ってきた。

「何なの?その浮気した夫がやるテンプレ行動は?」

彼は私を揶揄うようにこう言った。
「夫じゃない、俺夫じゃない」
正直すごくイラついた。そんなの言葉の綾で流せばいいのに。

私が無表情になったのを察して彼は話題を変えた。

「浮気は絶対しません。神に誓ってもしません。ただちょっと申し訳ないなって」

彼は薔薇の花束を見せてきたけれど、そんなんじゃ誤魔化されない。

「今日学校行ったら、他の先生達が腫れ物に触るように扱ってきて、教室入ったらヒロ君に「先生爪は自分で切らなきゃダメだよ」って叫ばれるし」

彼は頭を深々と下げた。
「本当にすみませんでした。経緯を説明すると、昨日の晩いきなりあの女がブログに書いて、Twitterで一気に広まったみたいで収録終わりに外にレポーターたくさん集まってきてたんだよ。

楽屋にマネージャーと北澤と社員が数人来てみんなでどう乗り切るか会議して、最善策があれだった」

「人をいいように使って」

「でもあれが俺が持ってるカードの中で最適な答えだぞ。俺は潔白だあの女が悪いって言っても昔の女関係のこと言われるからな。

昔はあれだけど、今はキツイ女の人の尻にしかれてるイメージの方がダメージが少ない。

これ以上女からの好感度落とせないから、亜紀本当にありがとう」

彼はそう言うと私にケーキの箱を渡した。

「チーズケーキの有名店でマネージャーがわざわざ買ってきてくれた」

箱を開けると見たことがない位美味しそうなチーズケーキが四つ入っていた、さすが花の都東京。おまけにご丁寧に全部が違う種類だ。

「マネージャーさん、ありがとう」
単純な私はチーズケーキにつられ、それで乗り切れたならそれでもいいような気がしてきた。

「でも何で今なの?あの女引退したんじゃないの?」

「引退してみたものの、甘い汁を吸ってた時が忘れられないんだよ、それでもう一回注目集めようとしたんじゃねぇ?ブログのアクセス数増えれば結構な金になるみたいだし」

人を貶めたり、ヒール役になったりそこまでしてでも注目を集めたいものなのか、一般人の私には理解ができない世界だ。

「じゃあ許してあげるけど、その代わり日曜の同窓会いくのにこれ以上文句言わないでね」

そう言うと「別に文句は言ってないんだけど」とゴニョゴニョと何か言っていた。


土曜日の夜、テレビをつけると彼が出ていて、何かの拍子に北澤さんに「早く結婚しろ」と言われ、彼が「結婚なんかする訳ねぇだろ?結婚するくらいなら、地獄に落ちた方がマシ!」と言っていた。

この流れ段々とギャグみたいになってきてる。

ふと大昔に義政先生が「弟に結婚する話がある」と言っていたことを思い出した。

美咲さんとは結婚しても良かったけど、私と結婚するのは地獄に落ちた方がマシなんだ。

ソファに寝転び、みっちゃんの家の赤ちゃんと旦那さんを思い出した。やっぱり私にはどうしても譲れない夢がある。

だからこの人とはずっと一緒にいたいんだけどいられない。

3月の末に引っ越すから、その時にしっかり彼に話して別れよう。

ずるずると付き合う時間はもう私にはない。

そしたらまた結婚相談所に行こう、それが一番手っ取り早いはずだ。

でも別れられるかな、こんなに好きになってるのに。

大きなため息をつくとメールが届いた。

「新幹線が大宮で止まったまま動かないから先寝てて」

「仕方ないね、わかったよ。帰ってきたら起こして」と返信した。

作った夕飯を一人分だけ装って食べると残った料理にラップをして冷蔵庫に入れた。


昨日の夜はお世話になってるプロデューサーさんから呼び出されて渋々飲みに出かけ、帰ってきたのは午前三時だった。

彼は人付き合いで仕事してるようなもんだから、これらは仕方ない。

2日連続でか、あと少ししか一緒にいられないのに、仕方ないんだけどさ。
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