第35話 習字が得意な人

文字数 1,021文字

私は台所でハンバーグを焼いていた。焼きながらも自分に「落ち着け、落ち着けと」必死に念じていた。

丸山さんは真剣に書道を教えてくれてただけなのに強烈に意識してしまった自分が恥ずかしい。

呼吸を深く吐いて焼き上がったハンバーグを持って部屋に入った。

「丸山さん見てハンバーグ」「あーわかる俺確かに好きだわ」「でしょ?男の人はみんな好きだって偏見持ってます」

「焼き方上手だね、定食屋みたい」

「弟がすごくハンバーグに厳しくて、ちょっとでも焦げてたりしたらすぐに文句言ってきちゃって」

「そのわがまま聞いてあげてたの?優しいね」

「ほら母の得意料理だったんです、まだ母恋しい年齢だったから可哀想になっちゃって」


「ごめん、聞いちゃ悪いんだけど弟さん幾つの時にお母さん亡くなったの?」

丸山さんが聞かれたくなかったことに切り込んできた。よく聞かれることだから、別に大丈夫。

「弟が十歳で私が二十歳のときに亡くなったんです、苦労しましたよ」

出来るだけ明るく言ったつもりなのに、丸山さんは深刻な顔をしている。

「二十歳ってことは大学も行きながら、弟さん育てたの?」

可哀想だなんて絶対に思われたくなかったけれど、できる限り明るく振る舞うことしかできなかった。

「そうですよ、途中グレかけて私の大学のゼミの先生が弟説教しにきてくれたりとか、中学の先生が何とか高校受かるようにって入試間近に家に泊めてくれたりとか

本当色んな人に助けられて何とか5年前に専門学校卒業させて、今高崎で介護士やってるんです。本当に人って温かいんですよ」

そういい終わったけれど、まだ丸山さんが悲し気な顔をしている気がしたので

「丸山さん、ほら早く食べて下さい。冷めちゃいますよ」と笑った。

テレビではちょうどバラエティ番組の再放送がやっていて、丸山さんは出ていないみたいだけれども、芸人さん達が面白おかしく騒いでいた。


「丸山さんはお仕事されてて大変なことは何なんですか?」と聞いてみると、「大変なことか…」と腕組みをして考えてくれた。

「まぁ、沢山あるよ」と言ったので「じゃあ今までで一番大変だったことは何ですか?」

そう尋ねると、一瞬丸山さんの顔が引きつったような気がした。

「あれだよ、5年前の謹慎した時」

丸山さんはとんでもないことを飄々と答えた。「えっ、謹慎?!」「知らないの?結構ワイドショーで騒がれてたんだけど」
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