第94話 初めて過ごした朝
文字数 1,561文字
「何なんでしょね、昔の恋人って。友達が言うには女は利用価値がなきゃ思い出しもしないけど、男は昔の恋人ってものが大好きで勝手にいいとこだけ美化して勝手に思い出に浸ってるからって」
彼は何も言わず夜景を眺めていた。大きなため息を一つつくとまた話し始めた。
「父さんは本当に馬鹿、昔の恋人と何十年経ってまた付き合えるって舞い上がって家族まで捨てる程のめり込んで、結局すぐ捨てられて自分の身滅ぼしてるじゃん。そんなに昔の恋人って魅力的なの?」
そう言うと彼が気まずそうな顔をしていることに気がついた。この人も例に漏れず昔の恋人を大切に思っているのだろう。
「丸山さんもそうなんですか?って聞きませんから安心して下さい」
そう言うと彼は更に気まずそうな顔をして
「俺は今は亜紀ちゃんを愛してるから」と呟いたので思わず笑ってしまった。
「愛してるの安売りやめて下さい」
「……安売りじゃないんだけどな」
モゴモゴしている彼が何故だか可愛く思えて吹き出した。誰しもが過去を抱えて生きているんだ。
「続き話していいですか?」
彼が頷いたのでまた夜景を見た。
「あんなに明るくて優しかったお母さんがそれ以来ずっと寝込んじゃって、何を話かけても上の空になっちゃったんですよね。お父さんの友人夫妻が協力してくれて一緒に病院に連れてったら鬱病って診断されました。
智も健もまだ8歳で手もかかる年だったんで、とにかく私がお母さんの代わりしなきゃって慣れない料理とか掃除とかやり出したんです」
「それで東京の大学諦めたの?」
「東京の大学どころの話じゃなかったんですよ。二、三日して家のお金とか全部お父さんが持ってってることに気がついて、おまけにお母さんも寝込んでるし、智も健もいるしこれどうしたらいいんだろうって本当に悩みました」
「でも地元の大学行ってたんでしょ?」
「行きましたよ、ちょうど高校が合格者実績増やす為に地元の国立大学受けてくれって言われてて、願書は出してあったんです。国立って授業料減免制度あるんですよ。
高卒で働くかとも思ったんですけど、調べたらそれじゃあ全然稼げないんです。将来の事を考えた時に、きっとお父さんはこのまま帰って来ないし、きっとお母さんの病気も良くならないだろうなと妙に冷静に考えました。
家には智も健もいて、この子達の高校とか大学のお金もいずれ必要になるし、この大学の四年だけ何とか乗り越えたら、将来的にはこっちの方が楽になるから、四年間は大変だけど何とかなるかなって思って入学しました」
私がそう言って彼の方を見ると、彼も私と目を合わせて微笑んだ。
「よくそこで大学行くって選択したよ」
「それしかなかったんですよね。昔は今よりもっと暗かったし、運動神経悪いし、地味だし、私の取り柄って勉強できることしかなかったんですよ、だからやっぱり大学行って先生になりたいなって思って、小さい頃からの夢だったし」
「親戚とかは頼れなかったの?前に実家の周りに親戚いっぱいいるって言ってたけど」
「田舎の男尊女卑な地域だったから、周りの親戚からは大反対されて、大学行かないで誰かと結婚しろ、健と智は施設に預けろって言われて、揉めに揉めちゃって、そのせいで親戚も殆ど頼れなくなっちゃったんです」
そこまで言うと、急に救急車の音が遠くに聞こえ、段々と近づいて来る。サイレンの音が不安を必要以上に掻き立てた。
これ以上本当にこの人に話してもいいのだろうか、こんなお金の事とか家族のことまで話しても大丈夫なのだろうか、そう迷いが出てきた。
彼を見ると「大丈夫、何でも聞くよ」そう言って優しく笑った。この人は人の心とか空気を読む天才なんだろう。
彼の顔を見ながらゆっくり頷いた。
彼は何も言わず夜景を眺めていた。大きなため息を一つつくとまた話し始めた。
「父さんは本当に馬鹿、昔の恋人と何十年経ってまた付き合えるって舞い上がって家族まで捨てる程のめり込んで、結局すぐ捨てられて自分の身滅ぼしてるじゃん。そんなに昔の恋人って魅力的なの?」
そう言うと彼が気まずそうな顔をしていることに気がついた。この人も例に漏れず昔の恋人を大切に思っているのだろう。
「丸山さんもそうなんですか?って聞きませんから安心して下さい」
そう言うと彼は更に気まずそうな顔をして
「俺は今は亜紀ちゃんを愛してるから」と呟いたので思わず笑ってしまった。
「愛してるの安売りやめて下さい」
「……安売りじゃないんだけどな」
モゴモゴしている彼が何故だか可愛く思えて吹き出した。誰しもが過去を抱えて生きているんだ。
「続き話していいですか?」
彼が頷いたのでまた夜景を見た。
「あんなに明るくて優しかったお母さんがそれ以来ずっと寝込んじゃって、何を話かけても上の空になっちゃったんですよね。お父さんの友人夫妻が協力してくれて一緒に病院に連れてったら鬱病って診断されました。
智も健もまだ8歳で手もかかる年だったんで、とにかく私がお母さんの代わりしなきゃって慣れない料理とか掃除とかやり出したんです」
「それで東京の大学諦めたの?」
「東京の大学どころの話じゃなかったんですよ。二、三日して家のお金とか全部お父さんが持ってってることに気がついて、おまけにお母さんも寝込んでるし、智も健もいるしこれどうしたらいいんだろうって本当に悩みました」
「でも地元の大学行ってたんでしょ?」
「行きましたよ、ちょうど高校が合格者実績増やす為に地元の国立大学受けてくれって言われてて、願書は出してあったんです。国立って授業料減免制度あるんですよ。
高卒で働くかとも思ったんですけど、調べたらそれじゃあ全然稼げないんです。将来の事を考えた時に、きっとお父さんはこのまま帰って来ないし、きっとお母さんの病気も良くならないだろうなと妙に冷静に考えました。
家には智も健もいて、この子達の高校とか大学のお金もいずれ必要になるし、この大学の四年だけ何とか乗り越えたら、将来的にはこっちの方が楽になるから、四年間は大変だけど何とかなるかなって思って入学しました」
私がそう言って彼の方を見ると、彼も私と目を合わせて微笑んだ。
「よくそこで大学行くって選択したよ」
「それしかなかったんですよね。昔は今よりもっと暗かったし、運動神経悪いし、地味だし、私の取り柄って勉強できることしかなかったんですよ、だからやっぱり大学行って先生になりたいなって思って、小さい頃からの夢だったし」
「親戚とかは頼れなかったの?前に実家の周りに親戚いっぱいいるって言ってたけど」
「田舎の男尊女卑な地域だったから、周りの親戚からは大反対されて、大学行かないで誰かと結婚しろ、健と智は施設に預けろって言われて、揉めに揉めちゃって、そのせいで親戚も殆ど頼れなくなっちゃったんです」
そこまで言うと、急に救急車の音が遠くに聞こえ、段々と近づいて来る。サイレンの音が不安を必要以上に掻き立てた。
これ以上本当にこの人に話してもいいのだろうか、こんなお金の事とか家族のことまで話しても大丈夫なのだろうか、そう迷いが出てきた。
彼を見ると「大丈夫、何でも聞くよ」そう言って優しく笑った。この人は人の心とか空気を読む天才なんだろう。
彼の顔を見ながらゆっくり頷いた。