第259話 深夜の訪問者

文字数 1,214文字

彼はまたメロンを手に持った、また重子さんになるつもりらしい。これ面白いと思ってやっているのか。

「お姉さん、後は何について悩んでいるの?」
「後は……何だろうな。その人になかなか好きだってことが伝わらなくてイライラしたり、その人の心を100%自分のものにしたくて責めちゃったりしちゃったんです。その人が自分のことちゃんと愛してくれてることわかってたはずなのに」

「よしっ、じゃあ彼が何を考えてるか占ってあげましょう。ツクマクマヤコンテクマクマヤコン、彼は何を考えてるの、えいや!ふんふん成る程。彼はあなたと全く同じことで悩んでるんだって、似た者同士ね」

そう言うと何故だかメロンをデッキに置き私にキスをした。

「重子じゃないの?キャラ崩壊してるよ。もうこんなウザ仲直りしたくない」

「ウザ仲直りって言うな」と彼は意地になったようにもう一度メロンを持った。

「彼が初めてキスした時みたいに、どうしようって困ってる可愛い顔してって言ってるわ」
「そんな顔してないってば!」
「してた、ちょうどこの場所で数ヶ月前にしてた。重子証言するわ」

そう言うと彼はやっぱりメロンを持ちながら私の隣に並んだ。二人で東京タワーの青いイルミネーションをただ眺めていた。


ふと十五年前に塚田君と東京タワーを見たことを思い出した。二人で大学をサボり東京に出かけて一日楽しく過ごした。懐かしさに少し胸が痛くなる。隣にいる彼の横顔を見て思った。

彼も私も違う人生を生きてきて奇跡的に出会って今ここに一緒にいる。

「ねぇ重子さん。世の中白と黒で分けられる事なんか滅多にできないし、人の心なんて完全に自分の物にできるわけないってわかってたのに何でもっと求めちゃうんだろうね」

「俺以外の男と付き合ったことないのに人生悟り切ってるな」

そう笑うと重子さんはスカーフを外し、メロンをデッキの上においた。

「重子粘ってたのにもう辞めるの?早くない?」
「面倒だし、どれだけやっても面白くなりそうにないからやめる。丸山重明で喋る、ちゃんと聞いてくれるか?」

真剣な眼差しの彼を見ながら頷いた。

「まず俺の母親って兄ちゃんが慌てて追いかけて来たことからわかると思うけれど、かなり性格が悪い。マウンティング世界で生きてきたから、人が一番嫌がることを察して言ってくる天才だ」

そんな気はしていた、けれど人のご両親の悪口は言ってはいけないから相槌を打てない。

「まず俺たちが初めて会ったあの時に小銭投げつけられた女を思い出せ、似てないだろ?顔の系統が違うし、性格も違うし、ファッションセンスも違う、身長も違う。風呂上りに髪下ろしてパーマみたいになってたら髪型が似てるかも。そんなレベルだ」

「私も昔を思い出すとそんな気はしてた」

「全く違う人間だよ。それに似てる人今まで沢山見たことがあるけど、誰とも付き合おうなんて思わなかった。俺は山浦亜紀が好きなんだけど信じてくれるか?」

大きく頷くと彼はホッとしたように私の髪を撫でた。
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