第45話 ちゃんとした場所

文字数 1,511文字

帽子岳登山から約3週間後の今日、帽子岳登山の放送があった。今日は朝から子供達も村人も浮き足だっていて「今日八時だね」と顔を合わせば番組の開始時刻の確認をしていた。

かく言う私も、五分前からテレビの前でスタンバイしていた。

夜八時放送が始まり、司会の大物芸人さんが「今回はトラブルがあったんだって」と北澤さんと丸山さんに話を振った。

丸山さんが「北澤が小学生と登山に行くはずだったんですが、何故か僕が代わりにいってきたんです」と言った。

北澤さんが「でもこいつノリノリで行ってきましたから」と言うと、司会の人が「はいどういうことか気になりますよね、VTRどうぞ」と言った。

画面に突然、不機嫌そうな丸山さんが映し出された。ロケ車みたいなのに乗っている。

スタッフの人が「眠いですか?」と聞くと「眠いよ!」と丸山さんが怒り気味で答えた。

「店帰りですか?」「そう良くわかったな、明日休みだから。一時に帰ってきたばっかりなのに、何で朝四時から仕事しなきゃならんの?!北澤がどうしたって?」

「本当はこのロケ北澤さんが行くはずだったんですけど、昨日自宅でお子さんと遊んでて自分が作った落とし穴にハマって捻挫したらしいです」「馬鹿か?アホか?!あーもう仕方ねえな、それで今日のロケ何なの?」

「小学生と登山です」「はぁ?!俺子供も嫌いだし、登山なんかもっと嫌なんだけど?!」

「服が汚れないように衣装用意しますから」そう言うと手書きのダーツみたいな物が用意されて来た。

「セーラー服、宇宙人、スーツ、眉毛がつながった警察官、白鳥の湖ってどれも山登る格好じゃないだろ?!」

「いいから早く目瞑って投げて下さい」と怒られ、丸山さんは渋々ダーツを投げると、スーツっていう所にささった。

「うわった、まだまし?いやましじゃねぇだろ」と叫んでCMへと突入した。




それでスーツを着ていたんだ…登山を舐めてるのか!と怒りたい所だけど、丸山さんが考えたわけじゃない、あの人は寧ろ被害者だし…

それにやっぱり北澤さんが来る予定だったんだ。ピンチヒッターで丸山さんが連れてこられ、マネージャーさんが償いで登山していると言っていたんだと点と点が線で繋がった。

CM明けでは、もう場面が変わり私と丸山さんが話しているシーンになって、私が「今日一緒に登る山浦亜紀先生」と字幕付きで紹介されていた。

そしてそれから私の電話が鳴り止まなかった。

大学の友達や元教え子、小学校の友達などの様々な人から「テレビでてるよ」と言われ「うん、ありがとう。私も勿論見てるよ」と返答する謎の電話を沢山貰った。

だからテレビはあんまり良く見ていなかったけれど、パッと見た限りでは、なんてことない登山だったのに、ナレーションと字幕で運動が苦手なヒロ君が丸山さんと励まし合い登り切り、頂上で鏡交信をするというちょっと感動的な構成になっていた。

おまけに私に「付き合いますか?」とノリで言った場面と何かの場面で私が「ちょっと無理です」と言った場面が巧みに組み合わされ、笑いの場面も入っていた。

正直言って丸山さんに会うまではこんなテレビのレポート番組なんて適当に芸能人が行って適当に切り貼り編集しているのだと思っていた。

だから登山以来、丸山さんを含めてテレビに出ている人達やスタッフの人達を見る目が変わった。

今までただ何となくテレビを見ていたけれど、みんな苦労してこの一つのVTRを作ってんだなとテレビに携わっている人達に敬意を持とうと思う。

放送後、一時間ぐらいして謎の電話が落ち着いた頃、丸山さんから電話がかかってきた。
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