第345話 四月の風

文字数 2,125文字

社交辞令と思っていた「弟さん達に会いたいよ」という発言は塚田君的には本気だったようだ。

ゴールデンウィーク初日にたまたま学校で会った時に「今度弟さんも一緒に飲もうよ」と言われたので「本気で会ってくれるの?」と何度も聞き直した。


ゴールデンウィークの四日目、私と塚田君と智と美子ちゃんで近所の居酒屋で楽しく飲んでいる。

美子ちゃんもたまには気分転換で飲みに行きたかったようで、智と一緒に来てくれた。

勇は孫命の美子ちゃんのお母さんが来て見てくれているらしい。

健はドラマの撮影が忙しいと言っていたので声をかけていない。こればっかりは仕方ない。


「本当に大きくなったね」という塚田君に智は「25歳になりました、あの時は一緒にカレー作ってくれてありがとうございました」と照れながら挨拶をした。

四人で楽しくお酒を飲んでいる。
そして案の定、智か余計なことを言いまくる。

「塚田さんが来てくれた時に母ちゃんが下に降りて来て、あんな状態の母ちゃんをみられちゃったから、姉ちゃん「きっともう会ってくれない」ってそれから暫く落ち込んでたんだよな」

机の下で思いっきり智の足を踏んづけた。
「いててて」

「塚田君、今の話気にしないで、そういえばさくらちゃんの元彼に貰った靴下を昨日初めて履いたんだけど結構高性能だよね」

必死に話題を変えようとした。けれど塚田君は何故だか乗ってこない。

「自分が未熟だった、どうして山浦さんを支えられなかったんだってずっと後悔してた。あの時は山浦さんに悲しい思いをさせて本当に申し訳ないと思ってる」

「塚田君、大丈夫!誰だってあのお母さんみたらそう思うよ。ほらっ呑んで、もっと楽しい話しようよ」

智が余計なことを言いまくるから酒が進む。

「姉ちゃん、年度末になると新聞見て塚田君今どの学校かなって探してたんだよ。いつか同じ学校になれますようにってずっと言ってたから、姉ちゃん良かったな」

思いっきり智の足を踏んだ。
「いてて痛い」

美子ちゃんも私の気持ちを察して「そんなこと塚田さんの前で言っちゃ駄目でしょ?」と小声で叱ってくれた。

申し訳なくて塚田君の顔を見られない。店員さんが持ってきてくれたばっかりのレモンサワーを一気に飲んだ。

……こんな場、設けなければよかった。

最悪ベロベロに酔っ払っても智に連れて帰って貰えるという安心感が更に私を酔わせていく。

塚田君は今年の夏休みにバックパッカーとして、ヨーロッパを横断する予定らしい。去年はオーストラリアを縦断して、その前はタイを縦断したそうだ。

その話を興味深く聞いていると三十分後、すっかり酔っ払いになってしまった。

「タイと言えば兄ちゃんがこの間テレビに出てて」
「その名前一生出すなって言ってんでしょ?」
「ごめん、ごめん、そうだった」

塚田君は何故だかその話を広げようとする。

「結局どうして丸山さんと別れたの?」
「……どうしてって塚田君知りたいの?」

「知りたいよ、聞いておきたい」
「塚田君って結構下世話な話好きなんだね、だから結婚する気ないから別れようと思ったんだよ、塚田君に会ったあの日。

そしたら「ちょっと待て」みたいなこと言われてさ、後日向こうが指輪持って来たの、結婚しようって」

智と美子ちゃんが動揺しているのがわかる。惨めすぎるこの話はたかちゃんにしか言ってないし。

「えっ、兄ちゃん本当に姉ちゃんと結婚しようとしてたの?」

美子ちゃんが恐る恐る聞いてきた。
「お姉さん、だったら何で別れたの?」

「その時あの人の家にいたんだよ。指輪貰った十五分後ぐらいだよ、ピンポーンって鳴ってさ、あの人がずっと好きだった女が何故か来たんだよ!

あの人その女のこと物心つく頃から好きだったの、別れて十数年経っても好きだったんだよ。敵う訳ないじゃん。

だから指輪とか貰ったものすべて置いて帰ってきたの!あー本当に最悪だよ、あの十五分のぬか喜び返してよ!」

そう言って智が飲んでいたビールジョッキを奪い一気に飲み干した。

みんなが可哀想な目で私を見ている。

「あー男なんてどうでもいいから一生独身で生きていくタイプになりたい。

でもどれだけ考えても私は結婚して普通の家庭が欲しいの!自分の家族が欲しいの!私は丸山さんとあのまま結婚したかった」

大分酔いが回って来ている。二ヶ月も前のことで大分心の整理がついたはずなのに何故だか涙を流していた。

塚田君がそんな私の前に水を差し出しこう言った。

「山浦さん、俺じゃ駄目か?」

大分酔いが回りすぎたらしい。塚田君を見つめるとやっぱり塚田君はイケメンだった。

思わず塚田君と付き合えたらいいなと妄想をしてしまった。

「……塚田君……あすまろ青春白書……はぁっ、どうせならバックハグもつけて……とうとうこんな幻覚が見え出した」

そしてあすまろ青春白書のテーマソングを歌い出した所までは覚えているけれど後の記憶は無くなった。

気がつくと自分の部屋に連れてこられ、智の手によってベッドにどんと投げ捨てられた。

「姉ちゃん酒臭いし、重すぎだろ!少し痩せろよ」
「うるさいわ!」

そう言い返すと智の携帯が鳴り電話に出た。

遠くの方で「兄ちゃん?!」という叫び声が聞こえたのを最後に眠りに落ちてしまった。

今日はよく幻覚や幻聴が見えたり聞こえたりする日だ。 


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