第93話 初めて過ごした朝
文字数 2,532文字
泣きそうになる気持ちを押さえながら、明るく振舞った。こうするしか話の続け方がわからなかったからた。
「じゃあリクエストにお応えして話します……何から話せばいいのかわからないですけど」
そう言って黙ると彼は優しい顔でこう言った。
「話したいことから話して、全部聞くから」
彼の優しい顔を見ていると何でも話したくなるし、他人には言えなかった自分の苦しみや悲しみを全部彼にぶつけて甘えたくなる、
私はかなりオカシくなっている。
小さく深呼吸を一つすると父親が頭に浮かんだので話し始めた。
「まず大前提として父親って今で言うイケメンだったんです。昔相当モテたみたいで」
「俺みたいな感じだな」と彼がふざけたので「そうですね」と笑いながら相槌をうった。
「それに対して母は綺麗とか可愛いとかスタイルがいいとかじゃなくて、性格が凄く良かったんです。周りの人が言うには勉強もできて頭も良かったみたいなんですよ」
母さんのことを思い出し、少し自慢気になった。
「亜紀ちゃんは父親似で智は母親似なの?」
「そうです、私は父の方の血が強く出ててるけど、母さんは本当に智そっくりなんです」
「あー何か想像ついたよ」と優しく笑った。
ここ数年間母さんの話をする機会なんてなかったから、母さんが近くにいるような気がしていつもより饒舌になる。
「もう十何年も母に会ってないから思い出補正が入ってると思うんですけど、母の口癖が誰も見てなくても神様がいつも見てるよで、いつも朗らかで正しいことは正しい、間違ってることは間違ってるってはっきり言うし、誰に対しても平等に優しいそんな母が大好きでした」
懐かしい思い出を心の底から引っ張り出して、涙が出そうになった。そんな私を見て彼は微笑んだ。
「亜紀ちゃんのその真っ直ぐな性格はお母さん譲りなんだね」
「下手な褒め言葉より母に似てると言われると一番嬉しいです、もう会えない人って悪い所は全部忘れていい所を強調されちゃうから、母は私にとって特別なんです」
「そうなんだ」と彼は優しい眼差しで私を見ていた。
「母と父って子供目線で見ても元からあんまりうまくいってなかったんですよ。周りの人の話を聞いて行くとどうやら、母が父の事を凄く好きでやっと結婚して貰ったみたいで」
「でもそんなのよくある話なんじゃないの?」
「それが詳しく話すと、父は全く結婚する気なかったのに、私が母のお腹にいたからできちゃった結婚したんですよ。
それで普通の人はその状況を受け入れて家族を愛していくと思うんですけど、父は変な風に神経質だから何で俺があいつと結婚しなきゃいけなかったんだって、ずっと思ってたみたいなんです」
「……俺、神経質で拗らせてる最低な人間だから、亜紀ちゃんのお父さんの気持ちわかる」
私が彼を見つめると「俺はそうなるのわかってるから完璧な避妊してた、絶対に女に用意させないし」とどこか自慢気だった。
益々何にも言えなくなって唖然と彼を見つめた。
「別に亜紀ちゃんだったらいい加減にしてもいいかな。最初の一回位はいい加減にする?」
得意気な顔で言った。これを言われて私が喜ぶととでも思ったのだろうか、この人やっぱりおかしい。
「……一体何を言ってるんですか?」
何とか言葉を絞り出すと、不快感を催している私に気がついて彼は話を変えようとした。
「はははっ、ほらっ、でも長年夫婦としてやってたんだから何だかんだいって愛し合ってたんじゃないの?」
彼が必死に今の話をなかったことにしようとしている、仕方ないので話を戻した。
「……それが全然なんです。母が父の好物作って待ってても食べなかったりとか、母が父に話しかけてても父は全然聞いてなかったり、父ってあんまり頭良くないけど、顔が良くて無駄にモテたから、昔から何回も無断外泊繰り返してて、母はその度に朝まで起きて待ってて」
「それ何で離婚しなかったの?」
「私には理解できないんですけど、母は父さんは最期には家に帰って来てくれるからって言ってて、でも父はある日昔の恋人と再会したとかなんとかで家を出たんです」
「それはいつの話?」
「私が高三の二月です、それまでは血が繋がらない弟がいるくらいで、普通の家族だったし、普通の女子高生だったんです」
「普通ってどんな女子高生だったの?」
「普通は普通ですよ、女子校に通ってたから大学生になったら東京に行って素敵な人と出会って恋してって夢見てたし、三年間頑張って勉強してて、ニ月にずっと行きたかった大学の合格証が届いたんですよね。凄く嬉しくて今思い出しても嬉しいなって思います。
お父さんもお母さんも喜んでくれて、みんなで久しぶりにお寿司なんか食べに行って凄く嬉しかったです」
ふとそこからの日々を思い出して暗くなる、でも彼に全てを聞いて貰いたかった。
「3日後に東京のアパートの情報誌買って帰ったら家が騒然としてて、お父さんが書き置き残して突然家を出ちゃってたんです。
その書き置きに「お父さんは本当に好きな人と幸せになります」って書かれてて、後はその人とは三十年前に別れて、最近再会したこととか、
どれだけその人のことを愛してるのかってことだけがつらつら書かれてて、今思い出すだけでも吐き気がする手紙でした。
結局家族まで捨てたほど、好きだった人にはお父さんのお金が無くなった頃、捨てられたみたいですけど」
「そうか」
彼はそう言ったきり何も言わなかった。だから私は彼にもっと聞いて欲しかった。
「おまけに今日最後に父さんが喋ったのってあの女のことだったんです。最後に来た私達への感謝でもなく、母さんへの謝罪でもなく、あの女に手紙渡してくれって言われて。流石に私達四人何にも言えなくなりました」
「その女の人とは連絡とるの?」
「NPOの人が探してはみてくれるようで、全部お任せしました。私はあの女には二度と会いたくないんです」
「そりゃそうだよな」
相槌をうつ彼から視線を外し、また東京タワーを見ると、彼もそれ以上何も言わずに私の隣で手すりにもたれかかった。
「じゃあリクエストにお応えして話します……何から話せばいいのかわからないですけど」
そう言って黙ると彼は優しい顔でこう言った。
「話したいことから話して、全部聞くから」
彼の優しい顔を見ていると何でも話したくなるし、他人には言えなかった自分の苦しみや悲しみを全部彼にぶつけて甘えたくなる、
私はかなりオカシくなっている。
小さく深呼吸を一つすると父親が頭に浮かんだので話し始めた。
「まず大前提として父親って今で言うイケメンだったんです。昔相当モテたみたいで」
「俺みたいな感じだな」と彼がふざけたので「そうですね」と笑いながら相槌をうった。
「それに対して母は綺麗とか可愛いとかスタイルがいいとかじゃなくて、性格が凄く良かったんです。周りの人が言うには勉強もできて頭も良かったみたいなんですよ」
母さんのことを思い出し、少し自慢気になった。
「亜紀ちゃんは父親似で智は母親似なの?」
「そうです、私は父の方の血が強く出ててるけど、母さんは本当に智そっくりなんです」
「あー何か想像ついたよ」と優しく笑った。
ここ数年間母さんの話をする機会なんてなかったから、母さんが近くにいるような気がしていつもより饒舌になる。
「もう十何年も母に会ってないから思い出補正が入ってると思うんですけど、母の口癖が誰も見てなくても神様がいつも見てるよで、いつも朗らかで正しいことは正しい、間違ってることは間違ってるってはっきり言うし、誰に対しても平等に優しいそんな母が大好きでした」
懐かしい思い出を心の底から引っ張り出して、涙が出そうになった。そんな私を見て彼は微笑んだ。
「亜紀ちゃんのその真っ直ぐな性格はお母さん譲りなんだね」
「下手な褒め言葉より母に似てると言われると一番嬉しいです、もう会えない人って悪い所は全部忘れていい所を強調されちゃうから、母は私にとって特別なんです」
「そうなんだ」と彼は優しい眼差しで私を見ていた。
「母と父って子供目線で見ても元からあんまりうまくいってなかったんですよ。周りの人の話を聞いて行くとどうやら、母が父の事を凄く好きでやっと結婚して貰ったみたいで」
「でもそんなのよくある話なんじゃないの?」
「それが詳しく話すと、父は全く結婚する気なかったのに、私が母のお腹にいたからできちゃった結婚したんですよ。
それで普通の人はその状況を受け入れて家族を愛していくと思うんですけど、父は変な風に神経質だから何で俺があいつと結婚しなきゃいけなかったんだって、ずっと思ってたみたいなんです」
「……俺、神経質で拗らせてる最低な人間だから、亜紀ちゃんのお父さんの気持ちわかる」
私が彼を見つめると「俺はそうなるのわかってるから完璧な避妊してた、絶対に女に用意させないし」とどこか自慢気だった。
益々何にも言えなくなって唖然と彼を見つめた。
「別に亜紀ちゃんだったらいい加減にしてもいいかな。最初の一回位はいい加減にする?」
得意気な顔で言った。これを言われて私が喜ぶととでも思ったのだろうか、この人やっぱりおかしい。
「……一体何を言ってるんですか?」
何とか言葉を絞り出すと、不快感を催している私に気がついて彼は話を変えようとした。
「はははっ、ほらっ、でも長年夫婦としてやってたんだから何だかんだいって愛し合ってたんじゃないの?」
彼が必死に今の話をなかったことにしようとしている、仕方ないので話を戻した。
「……それが全然なんです。母が父の好物作って待ってても食べなかったりとか、母が父に話しかけてても父は全然聞いてなかったり、父ってあんまり頭良くないけど、顔が良くて無駄にモテたから、昔から何回も無断外泊繰り返してて、母はその度に朝まで起きて待ってて」
「それ何で離婚しなかったの?」
「私には理解できないんですけど、母は父さんは最期には家に帰って来てくれるからって言ってて、でも父はある日昔の恋人と再会したとかなんとかで家を出たんです」
「それはいつの話?」
「私が高三の二月です、それまでは血が繋がらない弟がいるくらいで、普通の家族だったし、普通の女子高生だったんです」
「普通ってどんな女子高生だったの?」
「普通は普通ですよ、女子校に通ってたから大学生になったら東京に行って素敵な人と出会って恋してって夢見てたし、三年間頑張って勉強してて、ニ月にずっと行きたかった大学の合格証が届いたんですよね。凄く嬉しくて今思い出しても嬉しいなって思います。
お父さんもお母さんも喜んでくれて、みんなで久しぶりにお寿司なんか食べに行って凄く嬉しかったです」
ふとそこからの日々を思い出して暗くなる、でも彼に全てを聞いて貰いたかった。
「3日後に東京のアパートの情報誌買って帰ったら家が騒然としてて、お父さんが書き置き残して突然家を出ちゃってたんです。
その書き置きに「お父さんは本当に好きな人と幸せになります」って書かれてて、後はその人とは三十年前に別れて、最近再会したこととか、
どれだけその人のことを愛してるのかってことだけがつらつら書かれてて、今思い出すだけでも吐き気がする手紙でした。
結局家族まで捨てたほど、好きだった人にはお父さんのお金が無くなった頃、捨てられたみたいですけど」
「そうか」
彼はそう言ったきり何も言わなかった。だから私は彼にもっと聞いて欲しかった。
「おまけに今日最後に父さんが喋ったのってあの女のことだったんです。最後に来た私達への感謝でもなく、母さんへの謝罪でもなく、あの女に手紙渡してくれって言われて。流石に私達四人何にも言えなくなりました」
「その女の人とは連絡とるの?」
「NPOの人が探してはみてくれるようで、全部お任せしました。私はあの女には二度と会いたくないんです」
「そりゃそうだよな」
相槌をうつ彼から視線を外し、また東京タワーを見ると、彼もそれ以上何も言わずに私の隣で手すりにもたれかかった。