第123話 勿忘草

文字数 1,135文字

彼が右頬に手を当ててきたので目を閉じた。キスした瞬間、人の唇って柔らかいと思った。

正直言って初めてキスした瞬間のことは覚えていない。頭が真っ白になってその瞬間の記憶が欠如しているのだ。

小六の頃キスはレモンの味がするという謎の噂が流れたことがあり、みっちゃんという友達が高校生のお姉ちゃんから聞いたから本当にレモンの味がするんだと熱弁していた。


みっちゃんは数年前に妻子ある男性と真実の愛だとかなんとか言って付き合っていた。それを正論モンスターで咎めた私は鬱陶しがられ絶縁されてしまった。

35歳になった今、ようやくレモン味という噂の真偽がわかった。あの子に言いたい。

「みっちゃん、レモンの味なんてする訳ないよね」


保育園から一緒で何でも話せる仲が良い友達だったのに、もうこんな他愛もない話はできないんだろうな。


ふとそんなことを思い出していた。

キスするぐらい全然大丈夫、余裕ができてきたなと思った次の瞬間、生暖かい今までと違う感触に驚いて反射的に体を離し彼を見た。

「何、どうしたの?」
彼は不思議そうに私を見ている。

多分今舌入れられたよね。

困った、本当に困った。

私は混乱していた。別にそれが嫌な訳じゃない。

ただどうやってやるのかやり方を知らなかった。

こういう時どうしたらいいの?

こんな事になるんだったらグーグルで検索しておけばよかった。

開き直って「したことないの、教えて」って可愛く甘えてみろと悪魔の囁きが聞こえる。

でも十代の子だったら可愛い、二十代前半の子も可愛い、二十代後半まぁ許す。三十歳は家柄のいいお嬢様なら許される。

これは私の独断と偏見です、三十代の女性の皆さんごめんなさい。

でも三十五にもなってて「したことないから、やり方わかんなーい」って言う女絶対ダメでしょ、訳あり物件すぎる。

彼に「一体何言ってるの?」ってドン引きされる構図が容易に想像できる。

相変わらず不思議そうな顔をして私を見ている彼を見つめ返した。

この人にとったら仕事で同性同士でもする、好きでもない人に嫌だなと思いながら義務感からしたりもする。

全然大したことないことなんだろう。

私にとっては滅茶苦茶大したことあることなんだけど、本当にどうしたらいいの。

六年前のあの時、智の馬鹿が「中山さん遊ぼう」って入ってこなければ、健の馬鹿がほら話なんかしなければ今こんなに困ってなかったのに。もっと35歳の大人の女として余裕を持って振る舞えていたのに。

急に二人の弟に憎しみがわいてきた。

誰か正しいキスの仕方っていう文庫本出して欲しい、ちゃんと隅々まで読み込むから。

そんな事を一瞬のうちに考えていた
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