第141話 夜の街で

文字数 1,380文字

彼の表情が急に崩れて悪戯が見つかった子どものようになった。

「正解なんだ、聞くんじゃなかった」

私もそれ以上何にも言えなくなり黙り込んだ。急に静かになった私達にゲーム機からアリオの呑気な音楽が流れてくる。 

「……昔のことだよ。名前教えて顔写真見せて週何回会ってたか話してやろうか」

写真まだ持ってるんだ

後10歳若かったら彼に「まだその人のことが好きなのか」と問い詰めていると思う。でもいくら恋人といえ、これ以上踏み込んではいけない

「いいよ、聞きたくない……あれだよね」

ふと頭の中に「勿忘草」のイントロが流れてきた。何故だか自分でも理解できないけれど出だしからワンコーラス口ずさんでしまった。

「何で歌ったの?」とセルフツッコミをすると

彼が笑って続きをワンコーラス歌った。

「何で知ってるの?大昔のアルバムの曲なのに」
「亜紀ちゃんが好きだって言ってたからわざわざ聞いた。昔あのアルバム流行ってたからどこかで聞いたことあった」

「そっか、あの曲のラブソングのように見えてラブソングじゃない所が好きなんだ」
「あの曲はなラブソングのように見えてラブソングじゃないと思いきやラブソングなんだぞ」

真剣に言う彼を見て笑った。
「もう滅茶苦茶」

「俺はレイ君にはなれないけれど、亜紀ちゃんの為にこのラブソングを歌います」
彼はそう言ってマイクの代わりにDVDの棚の上に飾ってあった私にくれたパンダのぬいぐるみを手に取った。

「ちょっと待って、この曲だけはレイ君以外の人が歌うの認めないから」

私が止めたけれども彼は歳が離れた兄弟がいる末っ子だ、自分のやりたいことは絶対にやる性格でもある。

「次の曲が最後の曲になりました。俺の大切な人の為に歌います。聞いてください、勿忘草」
「MCまで真似しなくていいから」

どこでライブMCまで覚えてきたのか半ば呆れながら彼を見ていると、大袈裟に物真似しながら歌うのが可笑しくて笑ってしまった。

この人ピアノやってただけあって歌上手い、

ラブソングのようなラブソングじゃないような、でもラブソングのようなこの曲の歌詞も何だか心に響いて、愛しく彼のオンステージを見ていた。

周りからみたら正真正銘のバカップルだ。でも家の中だからそれぐらいバカップルさせて欲しい。

彼は一番だけ歌うと調子に乗って私のすぐ隣に座りいつものように頬に手を当てて来た。


私は笑顔でその手を握ると下に降ろした。

「キスしない、私まだ風俗行って他の女の人にもキスしたりそれ以上のことしたこと怒ってるから」

すると何故だか得意気に彼は言った。

「キスはしてない、俺は潔癖だからプロの人としたくない。プロの人は優しいから、そんな俺も受け入れてくれるんだ。キスは亜紀ちゃんとしかしない。だから」

「……何でそれを得意気に言うの?それ言ったら罪が軽くなると思ったの?」

「うん、だってキスしてない」
「結局最後までしてんだから一緒でしょ?」

そう叫ぶと彼は何故だかまた正座した。

「はい、ごめんなさい。じゃあいつになったらしてもいいの?」

「私が怒りを忘れる日まで!いつか知らないけど」

そう言うと彼はわざとらしく頭を抱え込んだ。本当腹が立つ。大袈裟だし、そしてなんでこの人こんなに嬉しそうなの。
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