第358話 五月の新緑
文字数 1,894文字
家に帰りたくなくて少し遠いけれど高崎のショッピングモールオゾンに行った。一人で家にいたらまた思い悩みそうだったからだ。
もう綺麗さっぱり忘れられていたはずなのに、どうしてこうも簡単に戻ってしまうのだろう。
昨日塚田君を好きだと思った。それは確かだったはずなのにそんなこと吹っ飛んでどこかへ行ってしまった。
たった数ヶ月しか一緒にいなかったけれど、私にとっては丸山さんとのことは強烈に印象にづけられた出来事だったのだ。
明日は健の舞台を観に東京に行くし、洋服でも買おうと思いモールの洋服屋をブラブラと見ていた。
一つの店の前で半袖の黒いカットソーに目が止まる。この間買ったカーキー色のズボンに合いそうだし、値段も安い。
レジに持っていき会計を済まして店から出るとまたブラブラと歩き出した。オゾンの中は若いカップルだらけで少し疎外感を感じる。
ふと十メートルほど先から見覚えのある男の人がカップルで歩いてくる。よくよく見ると塚田君だった。
お互いに立ち止まり「あっ」と言う声が出た。
慌てて「ごめん、絶対誰にも言わないから安心して」と言うと塚田君は「誤解だよ、違うんだよ」と何か言おうとした。
が、隣の女の人に腕を組まれ身動きが取れない状態になる。女の人は好戦的な目で私を見た。
「あっ、じゃあ私行くからごゆっくり。また月曜」
その場を逃げるように立ち去った。人混みにまぎれながら車を目指す。
正直に言うと凄くショックだった。塚田君も好きでいてくれてるのではないかと期待していた自分が恥ずかしい。
そしてホッとしているのも確かだった。
塚田君に学校外に彼女がいればみんなが仲良くできるし、私も塚田君のことで思い悩まなくていい。
「塚田君かっこいいな、でも彼女がいるからな」と見ていればいいのだ。
それにしてもあの女の人、どこかで見たことある。
……確か塚田君のフットサルチームのマネージャーだ。
学校の外で彼女を作ってくれてありがとう、それだけは感謝しよう。
そのまま家に帰ったけれど落ち着かない。塚田君のこともそうだけど、主には丸山さんのことで胸が痛い。
もし引っ越しが夕方だったら、あの人はまだ私の隣にいたかもしれないという考えが私に覆い被さり目の前を真っ暗闇に包んでくる。
あの人はおそらく私を裏切っている、だとしたら許せてないだろう。
けれども重ちゃんが恋しかった。
私に都合が良く歪めたストーリーを何度も思い描いている。
いくら考えても今更どうにもならないのに。
午後十一時、部屋のチャイムが鳴った。
案の定、智とやっさんとさくらちゃんまでいた。
「どうしたの?こんな遅い時間に」
智が部屋に入ってくるなりこう言った。
「姉ちゃん、少し早いけれど誕生日おめでとう」
そして手に持っていたクラッカーを鳴らすとやっさんとさくらちゃんもそれに続いた。
「ありがとう、この歳で気遣って貰って嬉しい」
祝い事が好きな智は凄く得意気だった。
「姉ちゃんケーキ買ってきたよ」と白い箱を机に置くと中からケーキを出した。
さくらちゃんも「どんなケーキだろ」と楽しみにしている。
智は馬鹿だけれど、純粋で優しくて良いところもある。私が寂しい誕生日を過ごすだろうと思って祝ってくれているのだ。
ところが出てきたケーキを見て、智への感謝の気持ちが殺意へと変わってしまった。
直径15センチの小さなホールケーキ一面に36本の蝋燭が立てられていたからだ。
智は満面の笑みでこう言った。
「姉ちゃん、36本も立てるの大変だったんだぞ」
「途中何本も倒れて大変でした」
智とやっさんを蹴ってやろうかと思ったが、奴らをみるとニコニコしている。コイツらはいい事をしていると心から信じているのだ。
「ありがとう」と言い心の中で泣いた。
せめて数字の蝋燭にすればいいのに、さくらちゃんも唖然とケーキを見ている。
ケーキは蝋燭のせいで表面のデコレーションも見えずめちゃくちゃだ。
智達は36本全てに火をつけるとハッピーバースデーを歌ってくれたので、久しぶりにふぅっと火を消した。
懐かしいなこの感じ。
表面に多数のクレーターができたケーキをみんなで食べた。見た目はアレだけれど味は美味しい。
そのうちに十二時を回ったので三人から「おめでとう」と言われ「有難う」と返した。
私には恋人も家族もいないけれど、まぁまぁいい誕生日を過ごせているかもしれない。
この三人がいなかったら憂鬱な誕生日の始まりを過ごしていただろう。お陰様で明るく過ごせてとても感謝している。
すると玄関のインターホンが鳴った。
このメンツから言ってたかちゃんだろう。
ところが塚田君がそこに映っていた。
後ろでさくらちゃんが「何で、何で」と混乱している声が聞こえる。
もう綺麗さっぱり忘れられていたはずなのに、どうしてこうも簡単に戻ってしまうのだろう。
昨日塚田君を好きだと思った。それは確かだったはずなのにそんなこと吹っ飛んでどこかへ行ってしまった。
たった数ヶ月しか一緒にいなかったけれど、私にとっては丸山さんとのことは強烈に印象にづけられた出来事だったのだ。
明日は健の舞台を観に東京に行くし、洋服でも買おうと思いモールの洋服屋をブラブラと見ていた。
一つの店の前で半袖の黒いカットソーに目が止まる。この間買ったカーキー色のズボンに合いそうだし、値段も安い。
レジに持っていき会計を済まして店から出るとまたブラブラと歩き出した。オゾンの中は若いカップルだらけで少し疎外感を感じる。
ふと十メートルほど先から見覚えのある男の人がカップルで歩いてくる。よくよく見ると塚田君だった。
お互いに立ち止まり「あっ」と言う声が出た。
慌てて「ごめん、絶対誰にも言わないから安心して」と言うと塚田君は「誤解だよ、違うんだよ」と何か言おうとした。
が、隣の女の人に腕を組まれ身動きが取れない状態になる。女の人は好戦的な目で私を見た。
「あっ、じゃあ私行くからごゆっくり。また月曜」
その場を逃げるように立ち去った。人混みにまぎれながら車を目指す。
正直に言うと凄くショックだった。塚田君も好きでいてくれてるのではないかと期待していた自分が恥ずかしい。
そしてホッとしているのも確かだった。
塚田君に学校外に彼女がいればみんなが仲良くできるし、私も塚田君のことで思い悩まなくていい。
「塚田君かっこいいな、でも彼女がいるからな」と見ていればいいのだ。
それにしてもあの女の人、どこかで見たことある。
……確か塚田君のフットサルチームのマネージャーだ。
学校の外で彼女を作ってくれてありがとう、それだけは感謝しよう。
そのまま家に帰ったけれど落ち着かない。塚田君のこともそうだけど、主には丸山さんのことで胸が痛い。
もし引っ越しが夕方だったら、あの人はまだ私の隣にいたかもしれないという考えが私に覆い被さり目の前を真っ暗闇に包んでくる。
あの人はおそらく私を裏切っている、だとしたら許せてないだろう。
けれども重ちゃんが恋しかった。
私に都合が良く歪めたストーリーを何度も思い描いている。
いくら考えても今更どうにもならないのに。
午後十一時、部屋のチャイムが鳴った。
案の定、智とやっさんとさくらちゃんまでいた。
「どうしたの?こんな遅い時間に」
智が部屋に入ってくるなりこう言った。
「姉ちゃん、少し早いけれど誕生日おめでとう」
そして手に持っていたクラッカーを鳴らすとやっさんとさくらちゃんもそれに続いた。
「ありがとう、この歳で気遣って貰って嬉しい」
祝い事が好きな智は凄く得意気だった。
「姉ちゃんケーキ買ってきたよ」と白い箱を机に置くと中からケーキを出した。
さくらちゃんも「どんなケーキだろ」と楽しみにしている。
智は馬鹿だけれど、純粋で優しくて良いところもある。私が寂しい誕生日を過ごすだろうと思って祝ってくれているのだ。
ところが出てきたケーキを見て、智への感謝の気持ちが殺意へと変わってしまった。
直径15センチの小さなホールケーキ一面に36本の蝋燭が立てられていたからだ。
智は満面の笑みでこう言った。
「姉ちゃん、36本も立てるの大変だったんだぞ」
「途中何本も倒れて大変でした」
智とやっさんを蹴ってやろうかと思ったが、奴らをみるとニコニコしている。コイツらはいい事をしていると心から信じているのだ。
「ありがとう」と言い心の中で泣いた。
せめて数字の蝋燭にすればいいのに、さくらちゃんも唖然とケーキを見ている。
ケーキは蝋燭のせいで表面のデコレーションも見えずめちゃくちゃだ。
智達は36本全てに火をつけるとハッピーバースデーを歌ってくれたので、久しぶりにふぅっと火を消した。
懐かしいなこの感じ。
表面に多数のクレーターができたケーキをみんなで食べた。見た目はアレだけれど味は美味しい。
そのうちに十二時を回ったので三人から「おめでとう」と言われ「有難う」と返した。
私には恋人も家族もいないけれど、まぁまぁいい誕生日を過ごせているかもしれない。
この三人がいなかったら憂鬱な誕生日の始まりを過ごしていただろう。お陰様で明るく過ごせてとても感謝している。
すると玄関のインターホンが鳴った。
このメンツから言ってたかちゃんだろう。
ところが塚田君がそこに映っていた。
後ろでさくらちゃんが「何で、何で」と混乱している声が聞こえる。