第9話 帽子岳の山頂で

文字数 2,213文字

登りで苦労した分帰りは楽だった。

足が痛いことには変わりはないけれど、知った道は気が楽だ。

転ばないように慎重にゆっくりと歩を進める。

一番前にいるペースメーカーのヒロくんが突然「丸ちゃん結婚してるの?」と丸山さんに聞いた。
「してないよ」彼がそう答えると「じゃあ先生と結婚してあげてよ」と余計なお世話を焼いた。

私は振り返り「ヒロさん、結婚斡旋業始めるのやめて下さい。別に先生は結婚してないけど、不幸じゃありませんから」

そう言うと、何故だか私の隣を歩いていた丸山さんが「よし、じゃあ結婚しよう」と笑いながら言った。

「流れに乗らないで下さい」と言うと丸山さんは「じゃあ俺と付き合いませんか?」と叫んだ。

子供達、特に女の子達が「キャー」と喜んでいる。

「純粋な子供騙して!」と怒ると「俺は本気だから」と飄々と言ってのけまた子供達が「キャー」と喜んだ。

「そういう絡み方してくるんですか?」

「じゃあ本当に俺達が結婚したら、ここの場面スペシャル番組で使うよ、モザイクも音声加工もしないで全国放送で流すから。二人の愛の奇跡って」

愛という言葉にまた子供達が喜んだ。

私は半ば呆れながらも笑った。

「本当に結婚したら好きに流して下さい。その時は何の文句も言いませんから」と言うと

「言ったな、今言ったよね。二人の愛の軌跡、特番で流すから」と笑った。

「二人の愛の軌跡って何ですか、その素人の結婚式の余興DVDでも使わないような、渋いタイトルは」とまた笑ってしまった。

「このタイトル駄目?じゃあ、二人の愛の物語にしよう」

彼はそう自信満々に言い切った。

「渋さ増しましたね、白いジャケットの男の人達が歌ってそう」

「そう言うなら英語にしよう。TRUE LOVE」「振り返るといつも笑わなくちゃいけないですよ」

「こうなったら日本語と英語の合わせ技、new ラブlee 男爵!」「一度でいいから行って悩み相談したいです」

「よしっ、いいの思いついた。My Heart Will Go On」

「それ映画ヨイタニックの主題歌でしょ?もはや愛とかあんまり関係なくなってますよね?」

そう言うと丸山さんは満足そうにヒッヒッヒと笑った。

「そんなに文句ばっかり言うなら、亜紀先生はなにがいいと思う?」
「えーっ、何か適当な愛にまつわる英単語を文法気にせず、それらしく並べておけばいいんじゃないですか?ここ日本だし」

「例えば?」「love sweet foeverみたいな感じで」「いいじゃん、もっと並べて」「じゃあsweet love need for me foever evrythingとかどうですか?」

「もっと甘くして」

正直面倒だなと思いながらも丸山さんの話に付き合った。こっちには水を持ってもらってるという負い目もあるし。

「えぇ、じゃあsweet make love need for us foever 」

私がそう言った瞬間あんなに楽しそうだった丸山さんが、一瞬変な顔をした。

そして次の瞬間、真美先生の結婚式の余興DVDを作っていた時に、カナダ出身のALTのキャリー先生がmake loveという単語をみて爆笑したことを思い出した。


「うわ、メイクラブって言っちゃいけない単語じゃん。あれだけキャリー先生に笑われたのにまたやっちゃった」

と早口で呟き俯くと、丸山さんがお腹を抱えて笑い出した。

そして子供達への配慮がボソボソと呟いた。

「甘いメイクラブは私達に永遠に必要です」

「訳さないで!!」

とありったけの声で叫ぶと、ちょうど隣の山が真正面に見えたので山彦になって返ってきてしまった。

子供達は山彦だと口々に叫んだ。

「先生最高だね!それで行こう!」「ちょっと待って下さい、そもそも私何のタイトルを考えてるんでしたっけ?」

「俺達が結婚した時に流す特番のタイトル」彼はまだ笑いながら息も絶え絶えに何とか言い切った。

「なんでそんな実現する可能性が限りなくゼロに近い特番の為にこんな大恥かかなくちゃいけなかったの」

そう呟くと彼は急に真剣な眼差しで私を見つめた。
「俺、先生の気持ちがよくわかった、先生も俺とメイクラブしたかったんだね」

私はある一つの言葉が気になってしまった。

「……もって何!?」

そう大きな声で叫ぶと子供達は訳もわからず「もはもだよ」と笑った。

丸山さんはすぐ横にあった大きな石を叩きながらヒッヒッヒと爆笑している。


子供達の「先生結婚相手決まって良かったね」の一言で我に返った。

「今のは全部大人の冗談。大人のかなり達の悪い冗談。丸山さんは東京にモデルの彼女がいるから、勘違いしないで」

と子供達に言うと丸山さんが

「モデルの彼女って何それ?」と穏やかに笑った。

「こういう華やかな世界にいる人はモデルの女と付き合ってるっていう私の偏見です。女カーストの最上位にいる人達」

「あー昔何人か軽く付き合ったことあるかな」

彼はこうサラリと言って退けたので、思わず吹いた。

「軽く付き合うって何?」とヒロくんが叫んだ。

「……お友達になるってこと、丸山さんはお友達がいっぱいいて羨ましいね」と無理矢理こじつけた。

丸山さんはそんな私の窮した様子を見てヒッヒッヒと笑っていた。
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