第173話 師走の夜

文字数 1,430文字

「こんなに寒いけど、亜紀と二人だから楽しいな」彼が言うので「部屋入ったら邪魔な人いるもんね」と相槌を打ってまた星空を見上げた。

「星空は夏も綺麗だけど冬が一番綺麗に見えるんだよ」
「それは何で?先生教えて」
「先生も村人に聞いたんだけど、寒い方が乾燥して水蒸気が少なくなって空がより透明に見えるんだって。重明くんわかった?」

彼は何にも返事せず星空を見上げて一言こういった。
「……この先生プレイもいいね。俺に色々教えてくれ」
私が睨みを利かせると「ごめんなさい、冗談です」とすぐさま謝ってきた。


「そう言えばもうすぐクリスマスだけど何するの?」
「あーそうだね、今年は終業式22日の木曜だから早いんだよね。何しようかな」
「俺も忙しいし今年は智もいないぞ」
「まぁそうなんだよね、若い頃は友達とパーティーする楽しい日だったのに、今はみんな自分の家族がいるからね……とにかく人に迷惑かけないように家で静かにしてる」

そう言うと彼は私を見て笑った。
「じゃあ、あのさ24日に渋谷ホールで単独ライブやるだろ?見にくる?」

彼がふーっと白い息を吐いた。正直に言うと凄く嬉しい、実は行きたいなと思っていたけれど、調べたらチケットはもう売り切れていた。おまけに出てるテレビ番組はあまり見ないでと言われるし、こういう所に呼んで貰えないと思っていたからだ。

「いいの?嬉しい!」
「ただ俺、風俗関係とかとんでもないこと言われてるけど、ショック受けない?」

彼が心配そうに言った。このことを気にしていたのだろう。

「仕事でしょ?今もう行ってないって信じてるから」
彼は私を見つめて髪を一回撫でた。
「おまけに頭がおかしい彼女って散々ネタにされてるけど」
「ムカつくけど私だってバレてる訳じゃないからそこまで気にしてない。それでしげちゃんの仕事に役立ってるならいいよ」



「俺の彼女は群馬が長野かよくわからないところに住んでいて、登山ロケでナンパした小学校の先生」と私の個人情報をテレビで言いまくっているので、学校でかなりバレて空気の読めない教頭先生にまでも「山浦先生は丸山さんと付き合ってるんか?」と大声で叫ばれ、みんなから視線を逸らされたことは彼には言わないでおこう。

真美先生が言うにはラビッツの6ちゃんネルの掲示板にまで登山のテレビ放送から取ってきた私の画像が貼られていたらしいけれど、いい彼女だと思われたいから黙っておこう。



そうした私の努力もあり「俺の奥さんはいい奥さんだな」と機嫌よく彼はまた私の髪を撫でた。

心の中で「いや結婚してないじゃん」と彼にツッコミを入れたけど、やっぱり口にすることはやめておいた。いい奥さんになりたい。

「俺は舞台が好きなんだよ、舞台って空気感ってあって、本当に心から笑ってくれてるのがダイレクトに伝わってくる。普段俺らのこと嫌いな人でも実際に漫才見たら好きになって帰ってくれる。あそこは人の心を激しく揺さぶる魔法がかかってる場所なんだ」

満点の星空の下、そう嬉しそうに語る彼の横顔が好きでずっと見ていたい。

「舞台に立ってるしげちゃん見てみたい」
「きっとカッコいいぞ、惚れ直すな」
自信満々にそう言って彼が右頬に手を当ててきたので目を閉じた。

長いキスの後、彼が何かを感じたようで部屋の方を見た。私も嫌な予感がしながらもつられて見た。

案の定、智が窓ガラスにへばりついてこっちを見ていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み