第68話 武道館の後で
文字数 2,645文字
木曜日の朝、ネットニュースに留まらず朝のワイドショーでも丸山さんの謎の怪我の話題をやっていた。
ネットの声として「酒場で喧嘩したんじゃない?」「女関係で揉めて殴られた」という無責任な書き込みも、あたかもそれが真実かのように紹介されていた。
どうしてマスコミはこんなに無責任な報道を繰り返すのだろう。自分達で取材して裏付けされた事実を伝えればいいのに、お金も手間もかけずにネットの噂を紹介するってどういうことなんだ。
かと言ってあの子の事を考えると、あんな事件に巻き込まれたなんて知られない方がいい。
真実は闇に葬るしかないような気もする。どうしたらいいんだろう。
夜八時、丸山さんとまた懲りずに電話していた。
「今日朝のテレビでも丸山さんの怪我のニュースやってて」と不安ながら言うと
「大丈夫だよ、今何にもニュースないからやってるだけだから。そのうちビッグニュース起こってみんな綺麗さっぱり忘れるから」
そう明るく彼は返答した。こんな事に一番巻き込んじゃいけない人なのに、本当に申し訳ない。
私のこの気持ちを察してか、彼はまた明るく話し始めた。
「今日は福岡行って大阪行ってさっき帰ってきたんだよ」
「移動距離凄いですね」
「ロケとローカル番組ばっか行かされてさ、東京にいたいよ、スタジオにいたい、MCやりたい。冠番組欲しい。俺が番組仕切ったらもっと面白くできるからな」と彼は自信満々に言った。
いつもの仕事の愚痴と将来の展望とちょっとした自慢が始まった。
「見てみたいです」そう相槌を打った。
もしこれが普通のおじさんだったら、その人の仕事の愚痴や自慢なんか聞きたくない。
でも恋して脳内麻薬が多量に分泌されラリった私はとても楽しく彼の話をきいていた。
「俺は舞台も好きだけど、テレビも好きなんだよな。だからあーやっぱりMCやりたいな、誰か大御所が引退してくんないかな」
「枠が空かないってことですか?」
「そうだよ、上がいっぱい詰まり過ぎてんだよ。俺はどうやってその地位までいこうかいつも考えてんの。その為に、前までは如何に他人を出し抜くかを考えてたけれど、最近それ違うなって思うんだよね」
「でも出し抜かなきゃ声かからないんじゃないんですか?」
「まぁそうなんだけど、名MCってどれだけ他人を助けられるかなんだなって思ったんだよね。あいつクソ滑った、ざまぁじゃなくて。どれだけみんなを助けて場を盛り上げるかなんだなって最近思うんだよね。誰かを助けたら自分に返ってくるみたいな」
「情けは人の為ならずですね」
「本当にそうだよ、だから結局、世の中亜紀ちゃんみたいに真っ当に生きなきゃいけないんだよな」
「私は地味な生活してるだけで、真っ当ではないですよ」そう笑うと「じゃあ真っ当じゃないことした黒いエピソード教えて」と彼は言った。
「……昔何かにつけて文句ばっかり言って私を追い込んだ保護者が最近離婚して無職のまま家追い出されたって聞いて、気の毒ですねって言いながらも、ざまぁって心の中で思いました」
彼はヒッヒッヒと笑った。
「予想以上に人間らしくて腹黒くていいね」
「だから、丸山さんは誤解してるかもしれないけれど、私はそんなに聖人君子じゃないですって」
「それでもいいよ、あー電話で話すんじゃなくて、俺は亜紀ちゃんに会いたいよ」と彼は言った。
「いきなりですね」と笑うと「会いたいんだけど、俺は土日は必ず働かされるんだよ、スケジュールが空いてたら事務所が全国各地の営業とってきて働いてこいって。亜紀ちゃんは平日休みな日ないの?」
「年に二回運動会と音楽会の代休で月曜休みになるけれど、もう今年はないですね、カレンダー通り動くし」
「だよな、あー会いたいな、せめて長野とか富山とか金沢の営業先だったら会えるのに」
「営業ってオゾンモールに芸人さんが来るあれですよね」
「そう、あれ。使い古したネタやって客いじりしてビンゴかなんかして一時間終えるやつ。今週の土曜は茨城で営業と東京に戻って収録、日曜は千葉のオゾンで営業だから」
「そうなんだ」
彼のハードな予定を聞いて落胆しつつもとにかく相槌を打った。
実は日曜東京に行く用事があった。
ホワイトアンドブラックの武道館スリーデイズの最終日のチケットが運良く取れていたのだ。
丸山さんに会えたらいいなと思っていたけれど残念、というか毎日電話してるけれど、何故だか東京に行くということを言い出せなかった。
「そんなに悲しそうにしないで、俺何とかするから」
そこまで悲しそうにしてはいないんだけど、と思いながらも「何とかって?」と彼に聞くと「何とかは何とかだよ。会える時間作るから」と返された。
「あー営業行きたくないな、亜紀ちゃんとデートしたいな。小学生のガキがいっぱい集まってギャーギャー俺たちのこと何か弄ってくるんだぞ」
「私近所のオゾンモールで買い物してたらピーナッツの相原さんと坂下さん見たことあります。スタッフの人何人かに連れられて舞台に行く途中みたいで」
「日常的によくある光景で情景が目に浮かぶようだ」そう言って彼は笑った。
「それで坂下さんと目が合ったんです。そしたら手を振ってくれたんですよ。凄くいい人って思って暫く好きになりました。だから丸山さんも沢山ファン作って来て下さい」
「そんだけで好きになるもんなの?」
「そうですよ、だから頑張って愛想振りまいてきて下さい」
「亜紀ちゃんがそう言うなら頑張るよ、あーでもせめて片方だけでも休みにしてくれたらいいのに」
彼はまだブツブツ言っている。
その後一時間ぐらい話して電話を切った。
結局今日も東京に行くこと言えなかった。仕事だって言ってたから会えないかもしれないけれど、一応伝えておくのが筋じゃないのだろうか。
というな普通付き合ってる人には週末に何するか言うものなのだろうか?今までそういう経験をしてこなかったから、色んなことに戸惑っている。
寝る前にスマホのネットニュースを見るとまた丸山さんの怪我のニュースが載っていた。今度は「続報、長野県と群馬県の県境にあるダムで喧嘩した模様」と少しだけ合っているニュースになっていた。
こんな変な噂を立てられて、この先彼が仕事がやりにくくなるのではないだろうか。
一体私はどうしたらいいのだろうか。
ネットの声として「酒場で喧嘩したんじゃない?」「女関係で揉めて殴られた」という無責任な書き込みも、あたかもそれが真実かのように紹介されていた。
どうしてマスコミはこんなに無責任な報道を繰り返すのだろう。自分達で取材して裏付けされた事実を伝えればいいのに、お金も手間もかけずにネットの噂を紹介するってどういうことなんだ。
かと言ってあの子の事を考えると、あんな事件に巻き込まれたなんて知られない方がいい。
真実は闇に葬るしかないような気もする。どうしたらいいんだろう。
夜八時、丸山さんとまた懲りずに電話していた。
「今日朝のテレビでも丸山さんの怪我のニュースやってて」と不安ながら言うと
「大丈夫だよ、今何にもニュースないからやってるだけだから。そのうちビッグニュース起こってみんな綺麗さっぱり忘れるから」
そう明るく彼は返答した。こんな事に一番巻き込んじゃいけない人なのに、本当に申し訳ない。
私のこの気持ちを察してか、彼はまた明るく話し始めた。
「今日は福岡行って大阪行ってさっき帰ってきたんだよ」
「移動距離凄いですね」
「ロケとローカル番組ばっか行かされてさ、東京にいたいよ、スタジオにいたい、MCやりたい。冠番組欲しい。俺が番組仕切ったらもっと面白くできるからな」と彼は自信満々に言った。
いつもの仕事の愚痴と将来の展望とちょっとした自慢が始まった。
「見てみたいです」そう相槌を打った。
もしこれが普通のおじさんだったら、その人の仕事の愚痴や自慢なんか聞きたくない。
でも恋して脳内麻薬が多量に分泌されラリった私はとても楽しく彼の話をきいていた。
「俺は舞台も好きだけど、テレビも好きなんだよな。だからあーやっぱりMCやりたいな、誰か大御所が引退してくんないかな」
「枠が空かないってことですか?」
「そうだよ、上がいっぱい詰まり過ぎてんだよ。俺はどうやってその地位までいこうかいつも考えてんの。その為に、前までは如何に他人を出し抜くかを考えてたけれど、最近それ違うなって思うんだよね」
「でも出し抜かなきゃ声かからないんじゃないんですか?」
「まぁそうなんだけど、名MCってどれだけ他人を助けられるかなんだなって思ったんだよね。あいつクソ滑った、ざまぁじゃなくて。どれだけみんなを助けて場を盛り上げるかなんだなって最近思うんだよね。誰かを助けたら自分に返ってくるみたいな」
「情けは人の為ならずですね」
「本当にそうだよ、だから結局、世の中亜紀ちゃんみたいに真っ当に生きなきゃいけないんだよな」
「私は地味な生活してるだけで、真っ当ではないですよ」そう笑うと「じゃあ真っ当じゃないことした黒いエピソード教えて」と彼は言った。
「……昔何かにつけて文句ばっかり言って私を追い込んだ保護者が最近離婚して無職のまま家追い出されたって聞いて、気の毒ですねって言いながらも、ざまぁって心の中で思いました」
彼はヒッヒッヒと笑った。
「予想以上に人間らしくて腹黒くていいね」
「だから、丸山さんは誤解してるかもしれないけれど、私はそんなに聖人君子じゃないですって」
「それでもいいよ、あー電話で話すんじゃなくて、俺は亜紀ちゃんに会いたいよ」と彼は言った。
「いきなりですね」と笑うと「会いたいんだけど、俺は土日は必ず働かされるんだよ、スケジュールが空いてたら事務所が全国各地の営業とってきて働いてこいって。亜紀ちゃんは平日休みな日ないの?」
「年に二回運動会と音楽会の代休で月曜休みになるけれど、もう今年はないですね、カレンダー通り動くし」
「だよな、あー会いたいな、せめて長野とか富山とか金沢の営業先だったら会えるのに」
「営業ってオゾンモールに芸人さんが来るあれですよね」
「そう、あれ。使い古したネタやって客いじりしてビンゴかなんかして一時間終えるやつ。今週の土曜は茨城で営業と東京に戻って収録、日曜は千葉のオゾンで営業だから」
「そうなんだ」
彼のハードな予定を聞いて落胆しつつもとにかく相槌を打った。
実は日曜東京に行く用事があった。
ホワイトアンドブラックの武道館スリーデイズの最終日のチケットが運良く取れていたのだ。
丸山さんに会えたらいいなと思っていたけれど残念、というか毎日電話してるけれど、何故だか東京に行くということを言い出せなかった。
「そんなに悲しそうにしないで、俺何とかするから」
そこまで悲しそうにしてはいないんだけど、と思いながらも「何とかって?」と彼に聞くと「何とかは何とかだよ。会える時間作るから」と返された。
「あー営業行きたくないな、亜紀ちゃんとデートしたいな。小学生のガキがいっぱい集まってギャーギャー俺たちのこと何か弄ってくるんだぞ」
「私近所のオゾンモールで買い物してたらピーナッツの相原さんと坂下さん見たことあります。スタッフの人何人かに連れられて舞台に行く途中みたいで」
「日常的によくある光景で情景が目に浮かぶようだ」そう言って彼は笑った。
「それで坂下さんと目が合ったんです。そしたら手を振ってくれたんですよ。凄くいい人って思って暫く好きになりました。だから丸山さんも沢山ファン作って来て下さい」
「そんだけで好きになるもんなの?」
「そうですよ、だから頑張って愛想振りまいてきて下さい」
「亜紀ちゃんがそう言うなら頑張るよ、あーでもせめて片方だけでも休みにしてくれたらいいのに」
彼はまだブツブツ言っている。
その後一時間ぐらい話して電話を切った。
結局今日も東京に行くこと言えなかった。仕事だって言ってたから会えないかもしれないけれど、一応伝えておくのが筋じゃないのだろうか。
というな普通付き合ってる人には週末に何するか言うものなのだろうか?今までそういう経験をしてこなかったから、色んなことに戸惑っている。
寝る前にスマホのネットニュースを見るとまた丸山さんの怪我のニュースが載っていた。今度は「続報、長野県と群馬県の県境にあるダムで喧嘩した模様」と少しだけ合っているニュースになっていた。
こんな変な噂を立てられて、この先彼が仕事がやりにくくなるのではないだろうか。
一体私はどうしたらいいのだろうか。