第248話 深夜の訪問者

文字数 1,523文字


「確かに私は貧乏でお金はありません、バイトも沢山して何とか生活しています」
「ほらやっぱり」と女は年配の女性といやらしく笑った。

「でも他人にお金投げつけたり、他人を貧乏って馬鹿にしたり人として恥ずかしい事はしていません」

女達は自分が非難されていることに気がついたようだ。
「何ですって?」
でもこうなったら私も正論を止められない、私は煽られるのに弱い。特に若い頃はそうだった。

「そもそも私のことかなり馬鹿にしてますけれど、あなた達この大学に入れるんですか?」

自分でも恥ずかしい煽り文句だと思う、この大学そんなに偏差値も高くないし、でもこの人達の言う通り貧乏で父親の職業不詳の私はそれしか言い返すところが思いつかなかったのだ。

チンピラが吹き出し笑ってこう言った。
「確かに母さんも美咲もいくら金があっても国立大学なんて入れないよな、馬鹿だから、もういい加減にしろよ、母さんも美咲も恥ずかしいよ」

このチンピラは先生の弟さんなだけあって、まだ少しまともそうだ。そういえば顔も少し似ている。

その瞬間、先生が戸を開けて入ってきた。
「何で来たんだよ!」
普段穏やかな先生が珍しく怒鳴り声をあげ驚いた。チンピラに頭を下げられ「ごめん、本当に悪かった。もう帰って」と言われたので、急いで部屋を出て行った。

戸越しに先生の怒鳴り声がまた聞こえた。

廊下に春子を見つけ感動の再会を果たした。裏切られた事はさっぱり忘れ二人で手を取り合って無事を喜んだ。

先生の部屋のドアが開く音がしたので、慌てて二人でトイレに隠れると外から年配の女性の声が聞こえた。
「美咲ちゃん、本当に義政が失礼な事言ってごめんね」
「本当に嫌になっちゃう、元々嫌いだったんだけれど、あの人もあの人の奥さんも嫌い!」

あの娼婦みたいな女の人に年配の女性がペコペコしている。あの女はそんなに偉いのだろうか。

「もう東京に帰る!同じ車乗せてかないから!自力で帰って」
「俺もその方がいいや」
チンピラの声がした。そしてヒールでコツンコツン早足で歩いていく音がやがて小さくなった。
「重明、はいこれお小遣い。美咲ちゃん待って」
年輩の女性があの女を追いかけていったようだ。

春子と顔を見合わせ、暫く経ってから外に出てみると誰も居なくなっていた。先生の部屋に荷物を置いてあったのでおそるおそるノックをすると先生が在室していて謝られた。

「山浦さんだいぶ酷いこと言われたみたいだけど、本当に申し訳ない」
「いやいや大丈夫です」

春子が思い切ってこう切り出した。この子はこういう度胸があるのだ。
「あのさっきの人達って先生の本当のご家族なんでしょうか?」

先生は見たことない暗い表情になった。
「本当の家族なんだよ。姉ちゃんと父さんはまだまともなんだけど、母親と弟がちょっとああで、あの人達は大学の人達には見られたくなかったな。あっ若い女の人は弟の恋人だから家族ではないよ」

「あの女性凄く派手ですね」
「派手だよな、今弟と結婚するって話があって嫌だなって思ってる。弟は血の繋がりあるし可哀想な奴だから仕方ないと思えるけれど、あの人だけは嫌なんだよ」

何でもできて完璧に見える先生でも完璧では無いところがある。私が初めて世の中に完璧などないと悟った瞬間だった。

次の授業で棟をまたぐ移動をしなければならなかった。一人で遠くの棟まで移動している時にさっきのチンピラを見かけた。うろうろ迷っている風だったので「あの、高崎駅行きのバス停あそこです」と教えると「あっさっきの子、ありがとう」とお礼を言われたので会釈して走って逃げた。やっぱり近くで見ると香水臭いし怖かった。


あの時の私に「十何年後にそのチンピラと付き合うことになるから」と言うと泡を吹いて失神するに違いない。
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