第314話 逃げる男

文字数 1,232文字

重ちゃんがインドに行っている週の金曜日のことだった。

朝八時を過ぎても充くんが登校しないのだ。お母さんだという人の携帯に電話をかけたけれど繋がらない。宗教団体の建物にかけたけれど繋がらない。

三時間目が音楽の時間で手が空くので、念のため私と校長先生の二人で見に行った。校長先生の運転で車で五分ほどの山の中の宗教団体の建物に着くと何故だか静まり返っている。



宗教団体の車がない、チャイムを押しても誰も出てこない。校長先生が「ごめん下さーい」と言いながらドアを開けると、建物の中には何にも無かった。

確か祭壇とお祈り用の赤い絨毯スペースがあったはずだけれど、無くなっている。20畳程の割と広いスペースがさらに広く感じた。

「逃げたな」

校長先生がそう呟くと、後ろから見知った顔の警察官が数人やってきて「本当にもぬけの殻だ」とどこかに連絡を始めた。

校長先生と学校に帰る途中の車で聞いた話によると、県教育委員会のお偉いさんを通して警察関係の人に話をしたらしい。

ここ一週間ぐらい、警察の人がわかりやすくちょこまか村に姿を見せるようになったのでどこかへ転居したんだろうとのことだった。

学校に戻るとソリ遊び用に作った雪山が日差しに負けて溶け出している、もうすぐ春が来るようだ。

充くんはどこへいったのだろうか。

放課後、充くんの忘れて行った教科書やリコーダーをみてため息が出た。

どうか彼が楽しく心穏やかに過ごせる場所に行っていますように。


警察も大掛かりに絡んで来ているようで、転校先はマル秘扱いで教えては貰えなかった。

夜、塚田君にメールをするべきかしないでおくべきか迷った。

でも資料も貸して貰い恩もあるので教団の引越しを説明して何回かやりとりした。
塚田くんは「無言電話かかってくるかもしれないけれど実害はないから」と心配くれて本当に優しいいい人だなと思った。

ベッドに寝転びながらこう叫んだ。
「あー塚田くんと付き合いたかったな」

世の中には何故か縁遠い人もいて、タイミングが巧妙にずれて深く付き合えない人もいる。塚田くんがきっとそうなのだろう。

仕方がない。


反対に何故か縁がある人もいて、その彼は日曜の朝五時に「今からインド行ってくる」とメッセージがきたっきり音信不通になっていた。

戻ってきたら、今度こそ別れるなら別れるではっきりさせようと考えた瞬間にそれはやってきた。

携帯の着信音が鳴り、画面を見ると非通知設定だった。嫌な予感を感じながらも通話ボタンを押すと、懐かしい教団のお経が背後に聞こえながらも「絶対に許さない」と金切り声の女性の声が聞こえて電話が切れた。


「無言じゃないじゃん」そう呟き暫くその場に固まってしまった。


次の瞬間、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴ったので飛び上がるぐらい驚いた。

怖すぎる。おそるおそる玄関の覗き穴をみるとそこには私のゲイの友人であるタカちゃんがいた。

そういえば今日遊ぶ約束をしていた。助かった、一応体は男の人だし。たかちゃんを早々に部屋に入れるとしっかり鍵をかけた。







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