第260話 深夜の訪問者

文字数 1,515文字

「俺が美咲のこと引きずってたのは事実で、別れたのが25の時だから17年前から亜紀と付き合うまではずっと引きずってた。

ここに引っ越して来た時に美咲が俺を探せなくなったら困ると思って手紙を書いて共通の友人に渡した。だから毎日帰ってくる度に郵便ポスト覗いて返事返ってきてないかなって見るのが日課になっててそれ十七年間だぞ。気持ち悪いだろ?」

「そっか」
それ以上何にも言えなかった、そこまで美咲さんのこと好きだったなんて思いもしなかったからだ。

「でも考えてみたら亜紀と付き合いだしてから、ポスト気持ち悪い覗き方してない、最近は家帰ってきたら亜紀はなんであんな山の中になんか住んでんだろ、東京に住んでたら部屋で待っててお帰りなさいって言ってくれるのにっていつも考えてるよ」

「毎日会ってたらすぐに飽きちゃうよ」
彼のリップサービスか本気かもわからない言葉にそう言うのが精一杯だった、

彼は小さく首を振った。

人と付き合っていくということは楽しいけれど苦しい。けれどこの苦しさに正面から向き合おうと心を決めていた。
ビールをまたひと口飲んだ。

「美咲さんといつから付き合ってたの?」
「そんなこと聞きたいの?」
「うん、何か勢いに任せて聞きたい気分」
「また溜め込まれても困るもんな」
そう気まずそうに笑うと私の肩を抱いた。

「俺の実家と美咲の実家が近いんだよ。徒歩三分ぐらいで母親同士が仲良くて、母親から将来は美咲ちゃんと結婚しなさいって洗脳されて育ったから、物心つく頃から美咲のこと好きだった。

それに美咲が家に来た時だけ遊んで良かったからこの抑圧された生活から救い出してくれる女神のように思ってた」

「そっか」
彼はお金持ちの家に産まれたけれど苦しんで生きていた、そんな中で美咲さんが唯一の希望だったんだ。

「美咲って自分のやりたいこととことんやるから当時の俺からしたら羨ましかったな。あいつ小六で大学生の家庭教師を彼氏にしてたんだぞ」

「それは大学生が悪いと思う、判断のつかない小学生と付き合っちゃう大人が悪い」

そう正論を吐くと彼はいつものように「あぁそう」と笑った。

「俺も美咲も小中高大ってエスカレーター式で進む私立に通ってたんだよ。そこにいる奴らがみんな兄ちゃんみたいに品行方正で、勉強してるわけではなくて、俺とか美咲みたいに勉強したくない、枠からはみ出た奴らもいるわけ。

高校になったらある程度自由だから、他の私立校ではみ出た奴らも混じって授業もさぼってつるみ出して、毎日一緒にいるようになったな」

「それって勉強しなかったら単位とかどうなってたの?」
「今じゃ有り得ないと思うんだけど、あの頃、俺の通ってた私立って何でも思いのままできる寄附金って制度があったんだよな」
私が口を開いたまま彼を見ると流石に不味いと思ったようで強引に話を戻した。

「それでずっと美咲に付き合ってくれって言ってたんだけど、ダサいから無理って言われてそこからファッション雑誌を読み込んで服とか髪型とかブランド物に拘りに拘って」

「ファション好きはそこから来てるの?」そう笑うと「俺は女の影響受けやすいんだよ、今はそれよりも面白い本紹介する方が喜ぶからな、ファション紙から文庫本に変わった」と彼も笑った。
「続きは?」
そう彼を見て微笑んだ。
「続きか、美咲が高2の冬に突然「そろそろ合格、じゃあホテル行こう」って腕組んで言ったんだよ」

「ちょっと待って、私に言っていい話と悪い話ちゃんと区別して」
戸惑いを覚える私を見て彼はまた笑った。
「付き合ってくれるってなった時にキスすら断った亜紀と対照的だよな、本当」

懐かしい佐久平駅の階段での出来事を思い出し恥ずかしくなった。
「もうその話思い出さなくていいから!」

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