第208話 再会は突然に

文字数 1,568文字

一月四日の午前十時、役場と学校の間にあるコミュニティセンターの机で私と斉藤君は何時ぞやのように打ち合わせをしていた。

何時ぞやと違うのは斉藤君の奥さんが少し離れた机から睨んで来ることと、この間から育休が終わり役場で働き始めた斉藤君の妹さんが同席していることだ。

妹さんが奥さんを煽るように大声でこう言った。
「亜紀先生、凄くわかりやすーい!賢いですね!こういう人にお兄ちゃんと結婚して貰いたかったな」
私と斉藤君は能面の表情になり何も言えなくなった。背後で奥さんが発狂している声が聞こえる。

とにかく打ち合わせを早々に終わらせて早く学校に帰ろう、それしかない。
私は淡々と打ち合わせを進めようとするが妹さんはそうはさせてくれない。

「亜紀先生って本当美人、そりゃあモテるわ。お兄ちゃんなんか相手にして貰えないよね」

妹さんと奥さんは犬猿の仲という噂は本当だったんだ、そして大国同士の戦争に巻き込まれるどちらとも関係ないはずの自分。どちらの大国とも深い親交がある斉藤君。

側から見てる分にはこんなに村人達がワクワクする争いはないだろう。事実コミュニティセンターにいる年配のお母さん達が目を輝かせてこちらをみている。


「亜紀先生の彼氏は背が高くてイケメンだしすっごい羨ましいです。お兄ちゃんと正反対」

この人が知っているということは村の若年層は殆ど知っているのだろう。若い人は何も言ってこないしいいや。
ここで奥さんがコツコツとハイヒールを鳴らして入ってきた。

「何であんたみたいなババアがそんないい男と付き合ってんのよ!今度はどんな手使ったの?ねぇ?」
ここで斉藤君が痛恨のミスをやらかした。
「もうやめろよ!仕事の話してるだけだろ?亜紀ちゃんは何の関係もないだろ!」

「亜紀ちゃん?!何で下の名前で呼んでるの?普段山浦先生って呼んでるじゃないの!キー!」
リアルにキーという声を出す人を初めて見た。

妹さんがとどめをさす。
「あー本当にお嫁さんは亜紀先生が良かったな」
はっきりさせておかなければならないけれど、私は決して妹さんに好かれていなかったはずだ。「都会の匂いをチラチラさせる嫌味な奴」と五年前に面と向かって言われたこともある。

私は経験で知っている、不毛な争いに巻き込まれた時は沈黙は金なり。

というか自分の奥さんがここまで責められてるんだから、斎藤君も奥さんかばった方がいいだろ、コラ。
けれども斉藤君は困った顔をして立ち尽くしていた。


その時学校から駆けつけたであろう校長先生が割って入ってくれた。
「山浦先生電話かかってきたから、後の打ち合わせ俺やるから学校帰って」
「ありがとうございます」



私は荷物を持って駆け足で学校へと戻った。校舎からは五、六人の先生達が野次馬をしているのが見える。

校舎に足を踏み入れると、真美先生は私を指差して「嫁、小姑戦争に巻き添えを喰って被弾した人」とゲラゲラ笑い出し、その場にいた全員がつられて笑った。

恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

学校や村の人達は結婚前に私と斉藤君が二人で会っていた時期があることを知らない。ただ去年奥さんが私にわかりやすい嫌がらせをして村中を賑わす私と斉藤君の不倫疑惑が出たのだ。

全ては奥さんに正直に話した斉藤君が悪い、世の中正直に言えばいいというもんではない。認識が甘いんだよ。


美雪先生をはじめとする女性の先生は「あの奥さんがいるのに教頭先生何で亜紀先生雪まつり担当にしたの?」と怒ってくれていた。

本当に教頭先生も空気読んでほしい。


後で校長室にお礼を言いに行くと「いや本当に山浦先生にこんな思いをさせて申し訳ない」と謝罪された。

校長先生は、斉藤君のお父さんに別れてくれと言われたのもその場で聞いていたから、村関係では異様に私に気を配ってくれている。本当に申し訳ない。

大きなため息をついて校長室を出ると廊下には斉藤君がいた。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み