第52話 ちゃんとした場所
文字数 2,052文字
「じゃあ丸山さんはどうしてあのエクトルベルリオーズパーマかけてたんですか?」
「俺はエクトルベルリオーズ好きなんだよね」
そう機嫌がよさそうに言った。
「丸山さんピアノも上手そう。いいお家の男の子が習わされてる習い事ナンバーワンだし、私調べですけど」
「ピアノは貨物列車ぐらいなら感覚で弾ける」
そう言って得意気に私をみたので、「当て付けですか」と語尾を強くした。
「でもトラウマなんだよね。聴くのはいいんだけど、ピアノの前に座ると息が苦しくなるから。自分を押し殺して勉強させられてた時代の苦しさを思い出すんだよ」
「……結構、重度のトラウマですね」
彼の苦しさが何故だか伝染して、私も息苦しい。
「そうだよ、俺はサッカーチームに入りたかったのにさ。ピアノ週二で行かされて同年代のよく公園で会う子供に女みたいって馬鹿にされてさ」
教員をしているとたまにこういう子供に出会う事がある。親の言いなりで自分の意思を一つも出せない子、丸山さんも苦しかっただろうな。私は何と言っていいかわからず困った。
「そうですよね…でも…私なんか山の中で育ったから、習い事できる場所もなかったし。小学校の六年間はずっと放課後はサバイバルゲームみたいなことして遊んでたんです。
丸山さんがピアノも弾けて習字もできて素直に羨ましいです。だって今ピアノも習字もちっとも上手くなくて困ってますもん」
こんな返答で良かったのか不安になりチラッと彼を見ると、「でも俺教師じゃないからな」と優しく笑ったのが見えた。
車はまだまだ坂道を登っていく。
「あのパーマの評判どうだったんですか?」
「俺ってまぁ整ったら顔してるでしょ?」
「自分で言うんですか?」
「事実だからね。俺が三十歳からちょうどお笑いブームが来てて、あの髪型してカッコつけてたら今まで以上にモテたんだよね」
「えぇ、あのパーマ人気だったんですか?」
衝撃の事実が発覚した。
「そうだよ、亜紀ちゃんは変だって言うけどな。ピーナッツの相原っているでしょ?」
「あの元モデルで芸人やってるっていう」
「あいつと一緒にイケメン芸人って時代に持て囃されて、出待ちの女ファンなんか百人単位でいたの。
ファッション雑誌の表紙になったこともあるから、巻頭グラビアでセクシーな男特集って。あの頃は好き放題できて楽しかったね」
「絵に描いたような調子の乗り方ですね」と笑うと「だろ?」と彼も得意気に笑った。
「聞いてみたいんですが、女の人と沢山付き合うって楽しいんですか?大変じゃないんですか?」
「亜紀ちゃんって凄い事聞いてくるよね。でもこれだけは聞いて、大前提で今はもうしない。けれど若い頃は楽しかったよ。色んないい女と付き合うって男の浪漫なんだよ」
「うーん全然理解できないです」
「イケメンと沢山付き合ったら楽しくない?」「うーん、いまいち納得できない」
「じゃあホワイトアンドブラック全員と付き合うって想像したら?」
「えっ、……それ楽しいですね。もうヤダ。丸山さん、そんな実現不可能な事考えさせて」
思わず顔がにやけてしまった。まずい、妄想をやめて正気に戻らないと。
「何想像したら、そんな楽しそうな顔になるの?」と彼は笑った。
まずい、妄想していることがバレた。けれど焦れば焦るほど喋りだす私の口は止まらない。
「何を想像したかって言われると、乙女ゲーム的な展開です」「乙女ゲーム?」
ヤバイ、ヤバイこれは、かなりヤバイ。言ってはいけない、そうわかっていても脳がこの話でいこうと決定して決断を覆してくれない。
「イケメン五人ぐらいから同時に告白されて、全員とデートしてどんな服着てどんな会話するかで仲良し度が変わっていって、誰と結婚できるかっていうゲームです。イケメンが少女漫画みたいなクサイ台詞言ってくるんですよ」
「それ楽しいの?」
彼がちょっと引いているような口調になった。けれど私の口はもう止められない。
「友達とやってると凄く楽しいです、一人でやると虚しさが募りますけど。だからゲイの友達遊びに来た時にやるようにベッドの布団の下に隠しておいたら、何故か智に見つかって泣かれました。
姉ちゃん、とうとうこんなもんにまで手出してって、頼むから誰でもいいから結婚してくれって。
友達と遊ぶ為の物なのに、弟に勘違いされて懇願されて、私こんな恥ずかしい事なかったです」
そう言うと彼はお腹を抱えてヒッヒッヒと笑った。
そして数秒後「よしっ、じゃあ結婚しようか」と言った。
私は微笑しながら「何でいつもそんなに調子いいんですか?」と言うと、彼は首を横に大きく振ったのが横目でわかった。
「もう軽々しく言わない、これ以上言うと俺の愛の言葉全部が嘘臭くなりそうだ」
私は何と返していいのかわからなくて「もう」と言ったきり何も言えなくなった。
車の中のテレビの俳優さんの追い詰められた声が車内に響く。
「俺はエクトルベルリオーズ好きなんだよね」
そう機嫌がよさそうに言った。
「丸山さんピアノも上手そう。いいお家の男の子が習わされてる習い事ナンバーワンだし、私調べですけど」
「ピアノは貨物列車ぐらいなら感覚で弾ける」
そう言って得意気に私をみたので、「当て付けですか」と語尾を強くした。
「でもトラウマなんだよね。聴くのはいいんだけど、ピアノの前に座ると息が苦しくなるから。自分を押し殺して勉強させられてた時代の苦しさを思い出すんだよ」
「……結構、重度のトラウマですね」
彼の苦しさが何故だか伝染して、私も息苦しい。
「そうだよ、俺はサッカーチームに入りたかったのにさ。ピアノ週二で行かされて同年代のよく公園で会う子供に女みたいって馬鹿にされてさ」
教員をしているとたまにこういう子供に出会う事がある。親の言いなりで自分の意思を一つも出せない子、丸山さんも苦しかっただろうな。私は何と言っていいかわからず困った。
「そうですよね…でも…私なんか山の中で育ったから、習い事できる場所もなかったし。小学校の六年間はずっと放課後はサバイバルゲームみたいなことして遊んでたんです。
丸山さんがピアノも弾けて習字もできて素直に羨ましいです。だって今ピアノも習字もちっとも上手くなくて困ってますもん」
こんな返答で良かったのか不安になりチラッと彼を見ると、「でも俺教師じゃないからな」と優しく笑ったのが見えた。
車はまだまだ坂道を登っていく。
「あのパーマの評判どうだったんですか?」
「俺ってまぁ整ったら顔してるでしょ?」
「自分で言うんですか?」
「事実だからね。俺が三十歳からちょうどお笑いブームが来てて、あの髪型してカッコつけてたら今まで以上にモテたんだよね」
「えぇ、あのパーマ人気だったんですか?」
衝撃の事実が発覚した。
「そうだよ、亜紀ちゃんは変だって言うけどな。ピーナッツの相原っているでしょ?」
「あの元モデルで芸人やってるっていう」
「あいつと一緒にイケメン芸人って時代に持て囃されて、出待ちの女ファンなんか百人単位でいたの。
ファッション雑誌の表紙になったこともあるから、巻頭グラビアでセクシーな男特集って。あの頃は好き放題できて楽しかったね」
「絵に描いたような調子の乗り方ですね」と笑うと「だろ?」と彼も得意気に笑った。
「聞いてみたいんですが、女の人と沢山付き合うって楽しいんですか?大変じゃないんですか?」
「亜紀ちゃんって凄い事聞いてくるよね。でもこれだけは聞いて、大前提で今はもうしない。けれど若い頃は楽しかったよ。色んないい女と付き合うって男の浪漫なんだよ」
「うーん全然理解できないです」
「イケメンと沢山付き合ったら楽しくない?」「うーん、いまいち納得できない」
「じゃあホワイトアンドブラック全員と付き合うって想像したら?」
「えっ、……それ楽しいですね。もうヤダ。丸山さん、そんな実現不可能な事考えさせて」
思わず顔がにやけてしまった。まずい、妄想をやめて正気に戻らないと。
「何想像したら、そんな楽しそうな顔になるの?」と彼は笑った。
まずい、妄想していることがバレた。けれど焦れば焦るほど喋りだす私の口は止まらない。
「何を想像したかって言われると、乙女ゲーム的な展開です」「乙女ゲーム?」
ヤバイ、ヤバイこれは、かなりヤバイ。言ってはいけない、そうわかっていても脳がこの話でいこうと決定して決断を覆してくれない。
「イケメン五人ぐらいから同時に告白されて、全員とデートしてどんな服着てどんな会話するかで仲良し度が変わっていって、誰と結婚できるかっていうゲームです。イケメンが少女漫画みたいなクサイ台詞言ってくるんですよ」
「それ楽しいの?」
彼がちょっと引いているような口調になった。けれど私の口はもう止められない。
「友達とやってると凄く楽しいです、一人でやると虚しさが募りますけど。だからゲイの友達遊びに来た時にやるようにベッドの布団の下に隠しておいたら、何故か智に見つかって泣かれました。
姉ちゃん、とうとうこんなもんにまで手出してって、頼むから誰でもいいから結婚してくれって。
友達と遊ぶ為の物なのに、弟に勘違いされて懇願されて、私こんな恥ずかしい事なかったです」
そう言うと彼はお腹を抱えてヒッヒッヒと笑った。
そして数秒後「よしっ、じゃあ結婚しようか」と言った。
私は微笑しながら「何でいつもそんなに調子いいんですか?」と言うと、彼は首を横に大きく振ったのが横目でわかった。
「もう軽々しく言わない、これ以上言うと俺の愛の言葉全部が嘘臭くなりそうだ」
私は何と返していいのかわからなくて「もう」と言ったきり何も言えなくなった。
車の中のテレビの俳優さんの追い詰められた声が車内に響く。