第75話 武道館の後で

文字数 2,354文字

「いや、怒ってるわけじゃなくて、心配してるの。俺当ててやる、アキちゃんの生まれ育った所って滅茶苦茶田舎で同級生五人ぐらいしかいないんでしょ?」 

「なんで人数までわかるんですか?」
丸山さんは苦笑した。

「俺は、最初に亜紀ちゃんに部屋に来ませんか?って言われた時に99%の確率で俺のこと誘ってて、残りの1%で北澤タイプの女だと思ったんだよね。

それでさ、五分部屋の中にいてわかった。亜紀ちゃんは北澤タイプだった」

そう言いながら彼が大きく頷いた。

「北澤タイプって?」
「北澤はあの北澤だよ」私は彼の相方の北澤さんの顔を思い浮かべた。

「それっていい意味何ですか?」
「うーん、長い目でみればいい事だと思う」

彼の言おうとしていることの真意が全くつかめない。

「…丸山さんがどういうことを言いたいのかさっぱり見当がつかないです」

「じゃあ北澤の馬鹿な所教えてやるよ。若い頃の話だけど鍵かけろって言ってんのに家に鍵かけないし、誰でも自由に家出入りさせるし、挙げ句の果てにはちょっと売れて来た頃、泊まる所ないから泊めてくれってファンの子二人組来たのを泊めて襲われて週刊誌に売られるんだぞ」

「誰でも自由に出這入りさせる気持ちは理解できます。実家じゃそれが当たり前だったし」

そう言うと丸山さんは面食らったような顔をした。

「あいつは何があってもいいネタができたぐらいにしか思わないから、別にいい。でも亜紀ちゃんは心配なんだよ」

丸山さんはそう言うと瓶のコーラーを一口飲んだ。

「なんか心配かけちゃってごめんなさい」そう言うと丸山さんはそれ以上何も言わなかった。

呆れられてるのだろうか、そんなこと尚更聞けなくなった。外の通りを走る救急車のサイレンが大きくなってまた小さくなった。

暫く沈黙の時が流れた。


「どんなに遊んでる女でも普通そんな簡単に来ないから。今までもこうやって誘われるがまま男の部屋ついてったの?怒ったりしないから正直に答えて」

「……いや、部屋来てなんて言われたことないから。あっでも普通に」

彼は私の思考を先読みした。
「智とか健とか、たかちゃんカウントに入れるな」

「……えーっ、それ以外であったかな……あっ去年あります、男の人の家に呼ばれて行きました」
「そこで何したの?」
「餅撒きしました」
「それ新築祝いじゃねぇかよ!」

「弟の友達のやっさんがまだ若いのに家建てたんですよ、二世帯住宅。彼女いないのに大丈夫かなって」

「そういうこと聞いてるんじゃないから」
彼の顔は引きつっている。

私だってそれぐらいわかっている。けれど本当に男友達に部屋来てなんて言われたことがないのだ、私だってそういうドキドキ感味わってみたかった。

「男友達に部屋遊びに来てって言われたことないの?いくら何でもそれぐらいあるでしょ?」

煽るような口調の彼の質問に答えられなかった。

「じゃあ男友達って何人いるの?」

ここでいるって嘘ついたら絶対後でバレて尚更恥をかく。だから正直に認めよう。

「……男友達っていないんですよね、女子高だったし」
「大学の時あるだろ?」彼はそう自分で言った癖にしまったという顔をした。何故だか場がシーンとしてしまった。

青春を謳歌するはずの大学の四年間は子育てで終わってしまった、別に後悔してるわけではないけれど、時々何もない青春が切なくなる。

「そんなに気使わないで下さい、確かに男女混合で誰かの家に集まって鍋パとか、ゲーム大会とか、宅飲みとか、恋人作って半同棲して青春してみたかったですけど、過ぎた物はもう仕方ないじゃないですか」

彼は暫く何も言わなかった。これでようやくこの話題を止めてくれる、そう思ったけれど彼はなかなかしつこかった。

「……じゃあ働き出してからは?職場に若い男いるだろ?」

「職場の男の人って、そんな家遊びに行く距離感じゃないでしょ?職員室で会ったら楽しく話すけど」

彼が胸を撫で下ろしたような気がした。自分の恋人が付き合ってもない男の部屋行ってたら嫌だよね。

彼がいつもの余裕をかましてこう聞いた。
「男友達って本当にいないの?二人でムードのある所に出かけたり、何かあったら慰めてくれたり、二人で飲みに行ったりとかしたいでしょ?」

何故だか私の正論モンスターの血が騒いだ。それはおかしい。

「丸山さん、それ友達じゃないですよね?恋人候補ですよね、友達ってお互いに何の見返りも求めずに付き合える人のことじゃないんですか?その状況って明らかに二人ともに下心ありますよね?」

「……はい、その通りです。僕が間違っていました。でもこれだけ教えて下さい、正論モンスターさんには、キープしておく男も男友達も両方いませんか?」

「いないです、だってキープするくらい好きならちゃんと付き合いたいし、男友達とサッカーか野球のゲームしながら、エロい話か彼女とかAVとか夜の店の話して、たまにお酒飲みながら熱く将来の夢とか語り合いたくないですもん」

「何だその男に関する偏見は、だいたい当たってるけど」彼はそう言って笑った。

「弟の友人達がいつもそんな感じだったし、わざわざ男の人と友達になって遊びたいと思えない、向こうもそうだと思うけど」

そう笑うと彼は「そりゃあ男は乙女ゲームなんかしたくないからな……もう仕方ねぇな」と毒気を抜かれたように笑った。


「俺についてきてくれたから、まぁ良かったとするか。でも今後何があっても絶対に男の家にフラフラとついていかないで」

優しい眼差しでそう語り掛けられたので、素直に頷いた。

「亜紀ちゃん、ちょっと見せたい物があるから俺についてきて」
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