第266話 追撃される

文字数 1,020文字

「実はお父さんが生前手紙を届けて欲しいとご希望があった女性の連絡先が判明したんです」
「あぁ……」

例の女のことを久しぶりに思い出し嫌な気分になった。

私は「お父さんが死ぬ間際まで思い続けるなんて、お父さんの意思を汲んでオンナを許します」と言うほどの底抜けた馬鹿ではない。

「先日僕が直接渡しに行ったのですが、その女性が山浦さんのお子さんに連絡を取りたいとおっしゃっていまして」

「えっ私に?何で?」
「それがお父さんにお金を貸したまま返って来てないと仰るんです」

「はぁ?」
橋本さんは決して悪くないけれど、思わず怒りの声が出てしまった。あの女はお父さんからお金を盗っていた立場なのに、家の生活費も私の大学のお金もみんな盗ってたのに何言ってるの。

「僕も借用書はあるんですか?と聞いてみたんですが、今手元にないけど必ずあると言うんです」
「えっ、本当にあるんですかね?」

「うちの団体にいらっしゃる方は結構こういうこと多いので、あくまで予想なんですが、偽造してくるか、生前に洗脳状態にあったときに書かせた物を出してくると思います。まぁ稀に本当に借りていたという場合もありますが」

普段は性善説しか通じない田舎で働いているので突然の強烈な悪意に何にも言葉が出てこない。

お父さんの家を出てからの消息はよくわかっていない、調べようとも思わないけれど。

一体どういう世界でどんな暮らしをしていたのだろうか。

「山浦さん、何を言われても一円も払わないで下さい。弁護士さんの所に行かれて遺産放棄の手続きをするといいと思います。大抵はそれで諦めますので」

「……弁護士さん」

「そうです、弁護士さんです。ご自身で何とかなさろうと思わずに必ず弁護士さんの所に行ってください。親身に対応してくれますので」

「……はい、わかりました。本当に何から何まで申し訳ありません」
「こういうトラブル、うちの団体ではよく目にするので大丈夫ですよ。その女性の携帯番号聞いておいたので弁護士さんからかけて貰って下さい。ご自分でかけちゃ駄目ですよ。今メモありますか?」

「えっとメモ、メモ」と慌てていると彼がペンと紙を持ってきてくれたのでメモをとった。

橋本さんに重ね重ねお礼を言って電話を切ると思わずその場に座り込んでしまった。

放心状態で座り込んでいると彼が心配そうに「何があったの?」と聞いてきた。

本当に情けないし恥ずかしい。

何で私の家は、彼の家と釣り合うようなお手伝いさんがいる立派な家じゃなかったのだろう。



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