第92話 初めて過ごした朝
文字数 1,394文字
丸山さんの家のベランダでどちらかが話すわけでもなく夜景を見ながらペットボトルのお茶を飲んでいた。
「俺明日一日中仕事で行けなくて申し訳ないんだけど、葬儀どこでやるの?」
「全然いいです、今夜一緒にいてくれるだけで嬉しいです。NPO法人の建物にホールがあってそこで行う手筈を代表の方が整えて下さるそうです」
「そうなんだ、面倒見いいな」
「凄く親切ですよね、父さん法人の方の運営してらっしゃる教会で洗礼受けてたみたいだから、もうあちらに全てお任せしようと思って」
「そうだな、自分の好きな形で見送って貰えるのがいいな。お墓とかどうすんの?」
「実家のあった場所の近くに本家があるんですけど、徒歩30秒の所に一族の墓があるのでそこに納骨しようかなと思っています」
丸山さんは穏やかに「それがいいな」と一言だけ言った。
夜景を眺めている彼の綺麗な横顔を見ていた、今まで誰にも言えずに溜め込んでいた言葉を無性に聞いて欲しい、そんな衝動に駆られた。
「お父さん、一緒に出て行った女の人と別れたのに、お金もなくて困ってたのに、病気になったのに、どうしてすぐに家に戻って来なかったんだろう」
「本心はお父さんにしかわからないけど、戻りたくても戻れなかったんじゃない?男にはそういう自分の情けない所見せたくないってプライドがあるから」
「そんなバカみたいなプライドが捨てて、もしもっと早く戻ってきてくれたら、お母さんもあんなことにならなくて済んだかもしれないのに」
そう言うと丸山さんが気まずそうな顔をした。
「ごめん、話したくないことかもしれないけれど、お母さんが亡くなった話と関係あるの?俺あの時聞いてるような聞いてないようなでわかってるようでわかってない。
ただ弟さんの肩を抱く亜紀ちゃんの背中が小さくて、どうしてもほっとけなくて」
何故だか怖くて彼の方を見られなかった。こんな事知らないままにしておいて欲しい。周りの人に陰口叩かれ同情され、好きだった人とは付き合えず嫌な思いを散々してきた、
けれども彼にはちゃんと話さなくてはならない、何故だかそんな思いに駆られる
遠くの道路に無数に動く車のライトをしばらく眺めて、私は大きく息を吸った。
「お母さん、私が二十歳の誕生日の次の日に川に飛び込んじゃったんです」
必死に平常心を保ちながら口に出した。彼は暫く何にも言わなかった。何にも言えなかったんだろう。
「私の二十歳の誕生日の翌日ですよ、ひどいと思いません?」
暗くならないように努めて明るく言った、「それは酷いな」と彼に軽く流して貰って、この会話を終わりにしたかった。
夜景を眺めていた彼は意を決したように私を見つめた。
「なぁ亜紀ちゃん。ずっと心の中に溜め込んだこと俺に全部話してくれないか?」
予想外の返答にただ彼を見つめ、言葉を絞り出した。
「……そんな事聞きたいんですか?」
「聞きたいよ」
「変わった人ですね、あんまり面白くないですよ」
私がわざと明るくそう言うと、彼は和かにこう言った。
「聞きたいよ、亜紀ちゃんが今まで何を考えてたのか、何が悲しかったの、何がつらかったのか、何を恨んでるのか、何が嬉しかったのか、何が好きなのか、何が楽しかったのか俺は全部知りたい」
真剣な眼差しの彼の向こうに東京の夜景がキラキラと光って見えた
「俺明日一日中仕事で行けなくて申し訳ないんだけど、葬儀どこでやるの?」
「全然いいです、今夜一緒にいてくれるだけで嬉しいです。NPO法人の建物にホールがあってそこで行う手筈を代表の方が整えて下さるそうです」
「そうなんだ、面倒見いいな」
「凄く親切ですよね、父さん法人の方の運営してらっしゃる教会で洗礼受けてたみたいだから、もうあちらに全てお任せしようと思って」
「そうだな、自分の好きな形で見送って貰えるのがいいな。お墓とかどうすんの?」
「実家のあった場所の近くに本家があるんですけど、徒歩30秒の所に一族の墓があるのでそこに納骨しようかなと思っています」
丸山さんは穏やかに「それがいいな」と一言だけ言った。
夜景を眺めている彼の綺麗な横顔を見ていた、今まで誰にも言えずに溜め込んでいた言葉を無性に聞いて欲しい、そんな衝動に駆られた。
「お父さん、一緒に出て行った女の人と別れたのに、お金もなくて困ってたのに、病気になったのに、どうしてすぐに家に戻って来なかったんだろう」
「本心はお父さんにしかわからないけど、戻りたくても戻れなかったんじゃない?男にはそういう自分の情けない所見せたくないってプライドがあるから」
「そんなバカみたいなプライドが捨てて、もしもっと早く戻ってきてくれたら、お母さんもあんなことにならなくて済んだかもしれないのに」
そう言うと丸山さんが気まずそうな顔をした。
「ごめん、話したくないことかもしれないけれど、お母さんが亡くなった話と関係あるの?俺あの時聞いてるような聞いてないようなでわかってるようでわかってない。
ただ弟さんの肩を抱く亜紀ちゃんの背中が小さくて、どうしてもほっとけなくて」
何故だか怖くて彼の方を見られなかった。こんな事知らないままにしておいて欲しい。周りの人に陰口叩かれ同情され、好きだった人とは付き合えず嫌な思いを散々してきた、
けれども彼にはちゃんと話さなくてはならない、何故だかそんな思いに駆られる
遠くの道路に無数に動く車のライトをしばらく眺めて、私は大きく息を吸った。
「お母さん、私が二十歳の誕生日の次の日に川に飛び込んじゃったんです」
必死に平常心を保ちながら口に出した。彼は暫く何にも言わなかった。何にも言えなかったんだろう。
「私の二十歳の誕生日の翌日ですよ、ひどいと思いません?」
暗くならないように努めて明るく言った、「それは酷いな」と彼に軽く流して貰って、この会話を終わりにしたかった。
夜景を眺めていた彼は意を決したように私を見つめた。
「なぁ亜紀ちゃん。ずっと心の中に溜め込んだこと俺に全部話してくれないか?」
予想外の返答にただ彼を見つめ、言葉を絞り出した。
「……そんな事聞きたいんですか?」
「聞きたいよ」
「変わった人ですね、あんまり面白くないですよ」
私がわざと明るくそう言うと、彼は和かにこう言った。
「聞きたいよ、亜紀ちゃんが今まで何を考えてたのか、何が悲しかったの、何がつらかったのか、何を恨んでるのか、何が嬉しかったのか、何が好きなのか、何が楽しかったのか俺は全部知りたい」
真剣な眼差しの彼の向こうに東京の夜景がキラキラと光って見えた