第152話 一時間だけ

文字数 1,993文字

十一月最後の日曜日の昼下がり、伸びてきた前髪だけで結び、いちばん楽な服装である高校生の時のジャージを着て、寝転がってゲームをしながらDVDを見るというベストオブ自堕落な生活を過ごしていた。

一時ぐらいに急に押し入れの中を掃除したい気分になり、押し入れの物を出し掃除機をかけた。

気分的にすっきりしたので今日2回目の掃除機をかけ、机と棚を拭いた。

細かい整理整頓をするのが好きなので、溜まっていた色々な書類をファイリングして楽しんでいた。それが終わると注文しておいた喪中葉書の確認をしようとしていた時玄関のチャイムが乱暴になった。

智がまた来たんだと思って「何?また来たの?昨日も来たじゃん」と言ってドアを開けるとそこには智ではなくしげちゃんが立っていた。

「今智のふりしてチャイム押したでしょ?」
「バレた?」と彼が笑った。
「何でわざわざそんな事するの?」
「智だと思って出てきたのに俺だってわかって喜ぶ顔に変わる一連の流れが可愛いいだろ?」

「もうとにかく入って」と彼を部屋に入れると、私は慌ててDVDを消してベッドを整えてゲームを消した。机の上の書類をまとめ「こんな自堕落な休日送ってるってバレるのが恥ずかしい」と言うと「想像つくよ何してるかなんて」と彼は笑った。

「今日一日忙しいって、昨日電話で言ってなかった?」
「そうなんだけど、前のロケが早く解放されたから、次富山ロケだったし一時間だけ時間ができたから亜紀の顔を見に来た」

「一時間だけでも来てくれて嬉しい」と私が言うと彼が照れながら「そんなに素直に喜ばれると、俺が一番嬉しいよ」と言った。

「これ喪中葉書?」
「うん、どうしようか迷ったんだけど年賀状はやめて出すことにした。うちの事情知ってる人達はどういうこと?って驚くと思うけど」
「まぁ、驚くだろうな。世話になった人達にはその前に連絡しといたら?」
「そうしようかな」

何故だか彼は一枚一枚宛名をチェックし始めた。
「宛名なんか見てもわかんないでしょ?」
「男?って思うと正三郎とか年配の奴ばっかだな」
「お世話になった先生方には出してるから」
彼は七十枚程あった葉書の半分ほどチェックすると飽きたようで葉書の束を机に戻した。

今度は給与明細の束を手に取って「これ見てもいいの?」と聞いた。仕舞うの忘れてたなと思ったけれど公務員の給料なんてネットで公開されている。

「……うん、どうぞ。大体の金額県のホームページにも出てるし」

彼は興味津々に給与明細を見て「いろんな手当てがあって面白いな」と呟いていた。

変な人だなと思いながらも、手持ち無沙汰だったので喪中葉書の間違いがないか住所録と照らし合わせてチェックをしている。

「亜紀、これも見ていい?」
てっきりそこにあった学校からのお知らせだと思ったので「うん」と返事をし、またチェック作業に戻った。

彼がいきなり笑い出したので顔をあげると彼が見ているのはクレジットカードの明細書だった。
「先月の支払い総額12000円のうち8000円ガソリン代じゃねぇかよ」
私は慌てて彼の手から取り上げると彼は尚更笑った。
「あの山20分登ってかなきゃいけないから、ガソリンすぐ無くなるの!」と言うと
「自慢気にしてた今月89000円で10万いってないじゃん。何でそんなに使わないで生活できるの?」とまた笑われた。

「ここに住んでたら、米とか野菜とか卵とか鹿肉とか村人が勝手に部屋の前に届けてくるの!お洒落な服とか新しい服着てたらヒソヒソされるから、服とか鞄とか靴とかは滅多に買えないし、私だってお洒落してホットヨガ通って行きつけのバーがある東京のOLみたいな生活したいのに」

「じゃあ東京に住んで。一緒に住めば家賃かからないし、ホットヨガもバーも腐るほどあるよ」
「軽々しく言わないでよ、私は群馬県の教員だから東京に住む為には辞めなきゃいけないの!よっぽどの事がない限り辞められないでしょ?」
「よっぽどって何?どんな事?」

彼の問いに急に自分でもどうしたの?と言うぐらい小声になってしまった。
「……よっぽどは……よっぽどでしょ」

気まずい時間が流れる。これだけ私が動揺したら彼だってそれが結婚を意味していることぐらいわかっただろう。

彼が結婚してくれるんだったら東京で教員採用試験受け直して働いてもいい。こんなこと独身主義の彼に口が裂けても言えないけれど。

彼にこの話は負担だったようだ、現にいつも詐欺師みたいに饒舌なのに黙り込んでしまった。

気まずい時間が30秒ほど流れた後、「だからさ」と彼が何かを言いかけた時、私の携帯がなった。クラスの子の保護者からだったけれど、この場から助け出してくれる救世主のように思えた。

「もしもし山浦です」
電話を持って部屋から出た。



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