第100話 初めて過ごした朝

文字数 1,530文字

一人になると、やっぱり涙が出て止まらなかった。彼のお陰で明るくやり過ごせたけれど、ここから先は自分で戦わなくちゃいけないんだろう。

そろそろ彼は寝たかな、せめてもと思い電気をつけ部屋を明るくした。

出窓に両肘をつき東京の夜景をただ眺めていた、故郷を捨てて父は何を思ってこの街で暮らしていたのだろうか。

秋の終わりかけとは言え東京は生暖かい夜風が吹き抜けてくる。あと二週間したら実家の近辺では雪が舞う日が出てくるのに。

父さんは少しの間でもあの女の人と暮らせて幸せだったのだろうか。

ふと智が生まれた日を思い出した、お父さんと一緒に病院に行って初めてみた弟があまりに可愛くて泣いた。お父さんも智を見て泣いていた、お母さんはそんなお父さんを見て泣いていた。

あの日は珍しく家族らしい一日だったな。

今まで父さんがどこかに生きてる気がしてた、本当に死んじゃったらどうしたらいいんだろう。

部屋の戸がノックされたので慌ててティッシュで涙を拭った。小さく深呼吸すると何事もなかったかのように装いながら戸を開けた。

「どうしたの?」と無理に明るい調子で聞くと「眠れてないだろうから、一緒にいるよ」と彼は言った。

自分の意思とは正反対に涙があふれてきた。彼は私を抱きしめて「そしたらへそ周りぐらい見せてくれるかなって思って」と言ってのけたので「見せないから」と言いながらまた泣けた。


私を布団に寝かすとその横に座り「眠れるまで居るから」と私の髪を撫でた。

「俺さ、実は嘘ついてることあるんだ」「何?」「数年前店で本当にサッカーボールプレイした」
「そんなのこのまま有耶無耶にしといてよ」

「悪いことしたり嘘ついたりしたら天罰がくだるんだよ、そのうち週刊誌にサッカーボールプレイの詳細な内容とか載せられそうだから今懺悔する」

「意外と信心深いんだ」「俺育ちいいから」「自分で言っちゃうの?」そう言って二人で笑った。

彼の笑顔を見ていたら心の奥底に仕舞い込んだ気持ちを聞いて貰いたくなった。

「ねぇ、ここでしか言えないことがあるんだ。言ってもいい?」「何でも聞くよ」

「誰にも言えなかったけれど、お母さんのこと実は少し恨んでるんだ」
「そうなの?」

「まず一つ目の恨み言、二十歳の誕生日までは友達も家族もみんな「おめでとう」って祝ってくれてたのに、母さんが翌日にあんな事したから、祝福される日じゃなくなっちゃったんだ。

その時期になると友達は腫物に触るみたいになるし、智達は不安定になるしさ、母さんも何であの日に発作的にあんなことしたんだろう。

もう三十過ぎてからは年だけ重ねる憂鬱な日だから別にいいんだけど、21歳から29歳までの誕生日もっと楽しくしたかった。これが一つ目の恨み言」

そう言って笑うと彼は優しく髪を撫でた。
「今年の誕生日は何する?」「私の誕生日五月だけど今から考えるの?」
「そうだよ、何でも言ってみて」

五月まで彼は一緒に居てくれるのだろうか

「何だろうな、美味しいピザが食べたいかな」
「それだけでいいの?」
「うん、チーズ好きだし。イタリアに行ってピザ食べるみたいな派手な事より家で美味しいピザ食べて二人で引きこもってたい、私は根が隠キャで地味だから」

彼が五月も一緒に居てくれるなら、他に欲しいものなんてない。そんな事口に出せないけれど。

彼は「俺も女に合わせて派手なことしてきたけど、本当は家にいる方が好きだよ、わかってたけど気が合うな」と笑った。

彼と自分は似ている、細々とした好きなものは違うけれど、大まかなものは同じなのだ。一緒にいて気がとても楽だ、彼もそう思ってくれているのだろうか。
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