第43話 習字が得意な人

文字数 1,544文字

一瞬訝し気な表情をしたのをやっぱり気づかれたようで、彼はこう言った。

「こいつ今までどんな女とどんな付き合いしてきたんだって思ったでしょ?」

「…人の価値観はそれぞれだから」

そう言葉を濁したのに彼は食いついてきた。

「正直に言って、そんな付き合い方嫌なの?」

「…だから、私の職業は正論モンスターなんです。私生活でもそうです。それ以上この話掘り下げて、また子供みたいに怒られたいですか?」

彼は何故だか身を躍らせてるように見え、「うん」と大きく頷かれた。

興味津々に私をみている彼をみて、渋々話し始めた。

やっぱり変わった人だ。

「…もし子供が友達に自分と遊んでくれる為にって何か奢ってたり、お金やお菓子、ゲームソフト上げてたりしたら、めちゃくちゃ怒ります。

そんな事しても本当の友達なんか作れないよ!あなたのやってることただ単にお金や物を介して短時間一緒にいてくれる人作ってるだけだから直ぐにやめなさい!って。

直ぐには出来ないかもしれないけれど、ありのままのあなたでいたら、いつか本当の友達は必ずできるよってフォローもしますけど」

そう言うと彼は「正論モンスターだな」と満足そうに笑った。そして何故だか勝ち誇ったように私を見た。

「でも、本当に何でも買ってやるから付き合ってって言ったら少しは心動くでしょ?」

私が無理して正論を吐いたのに彼には届いていなかったようだ。心の中でため息を一つついた。

「だから要らないですよ、ただでさえ六月に貰ったボーナスの使い道さえも決まってないのに、あっ、趣味貯金なわけじゃくて、何かに使いたいって気持ちはあるんですよ」

そう言って微笑すると、丸山さんは不思議そうな顔で私を見ていた。

「昔、三人で住んでた頃はボーナス出た、じゃあ二人に服と靴買ってあげて、美味しいもの食べに行ってって凄く楽しかったんです。

けれどあの二人独立させて一人になってからは時間とお金の使い方がわかんなくなったんです。完全に鳥の巣症候群ですよね。だから、あー暇だからホワイトアンドブラックににお布施するかみたいな」

丸山さんが数秒の間の後に飄々と言った。

「じゃあ、十年後にフィレンツェに行くしかないね」

久しぶりに凄く笑った。涙が出てくるぐらい笑った。

「何でそれを知ってるんですか?」と聞くと「前にネットニュースになってたの思い出した。ホワイトアンドブラックが十年後にフィレンツェでライブするって」

「あれは二日目も同じセットリストやるのかい!っていう空気感の中でレイ君が思わず言っちゃったことで」

私がブツブツ呟くと彼は笑った。

「よくわかんないけど、フィレンツェ行くの?」

「どれだけ好きでもできないことってあるでしょ?私インドア派だから、家でじっとしてたいです。海外なんて怖くて行きたくないです」

「俺も仕事で行かされるけど、リアルに海外怖い。できれば行きたくない」

丸山さんまで同じことを言うのが可笑しくて二人で目を合わせて笑った。

「だから、誰か海外好きな人、友達を誘って行ってって思ってます。私は家でwowowoで観てますから」

「イタリアから中継してくれんのかな」と彼はまた優しい顔で笑った。

気がつくと二人で佐久平駅の階段を上っていた。もう少しで別れるのかと思うと何故だか寂しい気がした。

彼が改札口で立ち止まった。

「二週間後にまた来るよ」

何と返していいのかわからなかったけれど、また勝手に口が喋り出した。

「期待しないで待ってます」

「期待して待ってて」と彼は笑って、構内へと入っていった。

何故だか湧き上がってきた寂しい気持ちを堪えて、駅の階段を一歩また一歩と降りた。
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