第151話 夜の街で

文字数 2,214文字

若い二人の意見も参考になったけれど、どうしても同じ年齢の森野美香先生に聞いてみたかった。

彼女とはちょっと前まで派閥争いをしていたけれど、今は同じ女として私に無いものをたくさん持っている彼女を尊敬している、昨日の敵は今日の師だ。

最近は師を通り越し彼女が恋愛の神様のような気さえしている。彼女が一人でいる時を見計らい、職員室隣の休憩室に入った。

「美香先生、ちょっと聞いてみたい事があるんだけど」

美香先生はコーヒーをカップに注ぎながら上目遣いで「亜紀先生、どうしたの?」と言った。

美香先生はちょっとした仕草もセクシーだ。コーヒーはああやって注ぐと色っぽいんだ、また一つ勉強になった。

「もし、もしもの話だけど旦那さんが夜のお店行ってたらどうする?怒る?」

美香先生はコーヒーを一口飲んだ。
「こっちまで伝わってきたら怒るわ、でも完全にわからないように行くんだったら別にいいじゃない。お互いに完璧を求めるのは大変でしょ?」

「そっか、そうだよね、「自分にわからないように行くんだったらいい。完璧を求めるのは大変」これぞ大人の女の余裕って感じ、かっこいいね、ありがとう!」

私が反芻し、そう言って休憩室を出ようとしたら、美香先生に呼び止められた。

「亜紀先生、昨日丸山さんがちょうどラジオ番組やってたの車で聞いた。週刊誌の件で彼女の家まで謝罪に行ったって。本当に本人は反省してるの?」

「そう見えたし、もう行かないって言ってたけれど、どうなんだろうね」
「何か引っかかってるの?」
「いや何て言うかこう、私に何か消化しきれない気持ちがあって」

何故だかわからないけれど、あの二人には言えなかった心の内がスラスラと口から出てきた。

「同じ状況になったら許すって人もいるし、許さないって人もいるし、私はどうするのが正解なのかなって」

美香先生は大人の女らしく色っぽくコーヒーカップを持ちながら言った。

「人なんか関係ないわ。後は亜紀先生の好きなようにしたら、許すならもうその話題は出さない、許さないなら綺麗に別れる」

神は色っぽく髪をかき上げるとフェロモンが私の所まで漂ってきた。

「そっか、その二択だよね。こうやって引きずっちゃいけない。あと一個聞きたいことがあるんだけど」

恋愛の神様の教えを乞う。

「絶対にしばらくキスしないって行ったのにその約束守られなかったんだけど」

そう言うと神は笑った。
「丸山さんラジオで何にもせずに彼女に腕枕しながら一晩過ごさせられたって言ってたけれど」

目眩がした、私が聞いてないと思って好き勝手なこと面白おかしく喋って、自分が一緒に寝ようって言って腕枕してきたんじゃん。

「最悪だ……そんなことまで面白おかしく喋って」
彼に対する不満は爆発寸前まで来ていたけれど、単純な私は恋愛の神の次の一言で考えを改めることになる。

「何もしないで一緒に寝てくれるなんて素敵な恋人ね」

「……そんなに褒められる程凄いことなの?」
「彼が相当我慢してるんだと思うけれど」
「そうなんだ」
「普通は何にもしないなんてあり得ない」
神はそう言って髪をかきあげた。いい匂いがますます私を信心深していく。
「有り得ないんだ」

「そこまでやって貰って約束破ったなんて怒られたら彼が可哀想よ。人と人の関係なんて友達も家族も恋人も同じだから」

私は神に膝間ついて深く感謝し、休憩室をでた。

もしかしたら私は彼に求めすぎていたのかもしれない。

神の言う通り友達関係に置き換えると「完璧に私の要求呑んで」なんてそんなことやってたらすぐに友達を失くしてしまう。

こうやっていつまでも彼がやらかしたことを考えていたところで別れるという選択肢が私にはない。だから答えは一つなのだ。

もう綺麗さっぱり忘れよう。

きっとすぐにこのモヤモヤした気持ちも消えていくだろう。職員室の自分の机に座りパソコンを立ち上げた。


家に帰ってご飯を食べてお風呂に入りながら、日課である本を読むのではなく彼のユウチュウブチャンネルを観ようとしていた。
彼が漫才している所を初めて見てみようと思ったのだ。

ラビッツチャンネルと検索すると、出てきたのは漫才動画と「丸山、吉原について熱く語る」「丸山、AVについて熱く語る」という動画が沢山出てきた。こればっかりは仕事だもんなと思いながらスクロールしそれ関係の動画を視界に入らないようにした。

そういうとんでもない動画に混じって「北澤、大好きなウサギについて熱く語る」とか「北澤、子供と本気で遊ぶ」といった北澤さんの爽やかな動画がある。

ふとその中の一本の動画に目が止まった。
「丸山の頭がおかしい彼女の話」という動画が昨日アップされていた。

……人のこと許可もなしに好きなだけネタに使ってと怒りがわいてきたけれど、その動画をみるのはやめた。

仕事だもんな……別に誰も頭がおかしい彼女が私だって知らないし、いいや。愛する人の役に立ってるんならそれでいい。

大きな溜息と共にリンク先のラビッツTwitterを見た。マネージャーさんが一日一回小話を投稿しているというアカウントで今日はもう既に投稿されていた。

「丸山は噂の頭がおかしい彼女にSMクラブに行ってきてとせがまれるそうです」

……私マネージャーさんにもネタに使われてた……。
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