第114話 勿忘草

文字数 1,175文字

引き戸をガラガラと開け外に出ると久しぶりの樺名山が正面に見える、頂上付近はもう雪化粧をしていた。

外まで見送りに来ようとするおばちゃんを慌てて玄関で止め、「足が悪いんだから、ここでいいよ。おばちゃんまた様子見に来るからね」と言ったが、おばちゃんは結局外まで見送りに来てくれた。

おばちゃんに手を振りながら車に乗り込んだ。

後部座席から智が身を乗り出し得意気にこう言った。

「姉ちゃん健に全て言っとくよ。俺達従兄弟だから」

智と健は兄弟同然に育った、それなのに心ない人達からどうして一緒に暮らしてるのに兄弟じゃないの?と無意味な血の繋がりを散々咎められてきた。だから従兄弟だと判明して嬉しいようだ。

私が言うより前に助手席の彼が「絶対変なことになるから姉ちゃんに任せとけ」と言ってくれた。

「兄ちゃんがそう言うなら姉ちゃんに任せる、その代わり実家どうなったかみたいんだけど」智はおばさんに手を振りながら言った。

ここから実家までは隣の家と言っても車で3分ほどかかる。智は実家が好きだったから見るだけならいいかと思い「少しだけいい?」と助手席の彼に聞くと「いいよ」と言ってくれたので「少しだけだよ」そう智に言ってハンドルを切った。

バックでおばちゃんの家を出て道路に戻ると、しげちゃんがやっぱりこの質問をした。

「聞いてもいい?村山さんって?」

智が意気揚々と答えた。
「姉ちゃんに結婚申し込んできた人」

「智!」私が怒ったけど智は全く気にしてない。

「村の金持ちのボンボンで、うちの惨状を見かねて結婚するなら俺も健もお母さんもみんな面倒見るし、大学にも行かせてやるって言ってくれてて、俺も健も結構村山さん好きだったんだけどな」


「俺だったらその条件呑んで結婚するな、少なくとも働き詰めで倒れることにはならなかったしな」と彼が飄々と言った。

無性に腹が立つ。
「誰とでも平気でキスできる人に私の気持ちなんかわかんないから!」

そう吐き捨てると、彼がムッとしたように黙り込んで一瞬気まずい時が流れた。流石に誰とでもなんて言い過ぎたかな。

大馬鹿の智は空気を読まずに、嬉しそうに話を続けた。
「俺も結婚すればいいと思ったんだけど、姉ちゃんがすぐに断っちゃってさ」

あいつにはデリカシーのかけらもない、本当に腹が立つ。

「だから、結婚するってどんなことだかわかってんの?家事だけやればいいんじゃないでしょ?あのおじさんと手繋げる?それ以上のこと出来る?無理無理絶対無理、今思い出しても吐き気がする」

また智の大馬鹿っぷりが発揮される。
「姉ちゃん潔癖症だから、兄ちゃんには何されてもいいけど他の男は無理なんだって」

「誰がそんなこと言った!」と怒ると「そういうことだろ?」と助手席の彼は機嫌を直し、得意気に笑った。
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