第176話 クリスマスイブ

文字数 991文字

来週、二学期の終業式を迎える水曜日の放課後、これから職員会議が始まろうとしていた。
職員全員が今日の資料に目を通している静かな時間のことだった。灯油ストーブの音が微かに聞こえてくる。

一本の電話が鳴り、空気の読めない教頭先生が電話をとった。どうせ事務的な仕事の電話だろうと誰もが思った。けれど何かが違う、教頭先生が少し狼狽えている。
「いやーそんな事言われても俺わからんから、今本人いるから、聞いてみる?」

教頭先生はそう言うと何故だか私の方を向き大声で叫んだ。
「東京のテレビ局の人に丸山さんの彼女とお話ししたいって言われてるんだけど、山浦先生に繋いでいいの?」

職員室が猛吹雪に襲われた。私の職場は互いの私生活を話すようなアットホームが売りの職場では決してない。最寄りの役場の市民課を想像してもらうといい、あんな所で私生活について暴露されるなんて地獄以外の何者でもない。事実みんな聞かなかったことにして懸命に資料を見ているフリをしている。

机の近くの電話機でその電話をとると、テレビ局の人から番組に使うアンケートを書いて欲しいというお願いをされた。

とにかく勤務中なので夜また携帯に電話をかけて下さいと携帯の番号を教えて電話を切ると、真正面の席に座っている真美先生が声を出さずに私を指をさして笑っていた。

職員会議が終わり教室に行こうと中庭に面した渡り廊下を歩いていると、後ろから真美先生が追ってきた。

「亜紀先生ガチで結婚決まったんですか?」
「いやいや、まだ一つもそんな話してないけど」
「じゃあ、あんなにオープンにして丸山さん酷くないですか?」
「……そうかな」
「だって別れた時に受けるダメージ考えたら、普通は一般人の恋人のことオープンにしないですよね?」

「前それで抗議したら別れないから大丈夫だって言われた」
そう反論し自虐気味に笑った。
「でも丸山さんって結婚願望ないですよね?結婚しないってことはいつかは別れるってことですよ。だからちゃんと丸山さんとオープンにすることとか、将来のこととか話し合った方がいいですって」

真美先生の正論に何にも言えなくなった。正論で言うと自分でも本当はそうしなきゃいけないことは痛いほどわかっていたからだ。

渡り廊下に粉雪混じりの強い風が通り抜けた。

わかってる。
けれどまだ一緒にいたいんだよね。





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