第359話 五月の新緑

文字数 1,830文字

玄関を開けるなり塚田君が気まずそうに言った。

「ごめん、いきなり家に来て。電話したんだけど出なかったから、今日のこと釈明しに来た」

「大丈夫、オゾンで女の人と歩いてたこと誰にも言わないから、学校で知られたら面倒だもんね」

「そうじゃなくて、あの人はフットサルサークルのマネージャーで、サークル帰りに一緒に服買いに付き合って欲しいって言われたから一緒にいた」

「塚田君、それデートじゃん!モテモテだね」

この時間にわざわざ釈明に来ることがどういうことを意味しているのか、鈍感力の高い私でもわかっている。

けれど、わざと何とも思っていない鈍い同僚の山浦さんのフリをした。

さっきまで部屋であの三人があんなに騒いでいたのに、部屋が静まり返っている。

きっとこの会話を聞いているのだろう。

「塚田君は羨ましいよ、いつもモテモテだしさ、今日の子といい若い子選びたい放題でしょ?」

あくまで同僚としての山浦さんキャラを心掛けた。

私にそれ以上何ができるのだろう。

「山浦さん、どうでもいい事言って誤魔化すの止めて」

塚田君に全て感づかれていた。


塚田君の真剣な眼差しを見つめているうちに後ろでさくらちゃんと智とやっさんがいることが頭から消えた。

「大学時代のように山浦さんに苦労はさせない、俺が何とかするから」

真剣な塚田君の瞳に吸い込まれてしまいそうになる。

「卒業式の飲み会の最後に」

塚田君がそこまで言いかけた時だった。

「塚田さーん!会いたかったです」

やっさんがひょうきんに玄関に飛び出して来て塚田君に抱きついた。

さくらちゃんを悲しませないように彼は道化師になったのだ。彼は顔はイケメンではないし、智と同じくらい無神経だが、好きになった女は絶対に悲しませない。

性格はかなりのイケメンだ。

「一緒にパーティーしましょうよ!智もさくらちゃんもきてますよ」

そう言って無理やり塚田君を部屋に上げると、やっさんはケーキを切り分けて塚田君に渡した。

「凄いクレーターだね」と塚田君が言うので「36本蝋燭並べられたの」と言うと塚田君は笑った。

午前一時、会はお開きになった。

智は勇を起こさないように私の部屋に泊まるらしい。

さくらちゃんはニコニコ顔で塚田君を捕まえて相談があるからこの後部屋に来てとお願いしていた。

塚田君がそれを「この時間に女の人の部屋行けないから」と必死に断っていた。

「じゃあ何で亜紀先生の部屋は来れるんですか?」そう聞くと塚田君は黙り込んだ。

結局、塚田君が逃げるようにして帰ると、さくらちゃんは残念がっていた。

塚田君が帰るのを最後まで見届けたやっさんは大きく息を吸い一人虚しく帰っていった。

背中から哀愁が漂っている。


明日は東京に行くから早く寝ないといけないのに隣で寝ている智のイビキが煩くて眠れない。

布団を被り考える。

さっき、智達がいなくて私一人だったら今頃何をしていたのだろうか。

間違いなく理性が吹っ飛び、何もかも忘れて塚田君に溺れていたのだろう。

そうなりたかった。

丸山さんのことも全て忘れるぐらい塚田君と愛し合ってみたかった。

でも代償が大きすぎる。


ふと高校の時に一番仲良かった子を思い出した。

私の父親が家から出ていった後も「一緒の大学行こうよ、何とかなるよ」と励ましてくれた。

その子は経済学部に進学した。

私が色々大変な時に先輩から教科書を貰ってくれたり、バイト先紹介してくれたり本当に助けてくれた。

けれども塚田君と仲良くなり出した時期から私を避けるようになり、完全に寧々ちゃん側につかれた。

私がこう言ってたとかの情報を寧々ちゃんに流し始めたのだ。

経済学部棟の前を通ると他の子に「あの子、寧々ちゃんの」とヒソヒソされ、面と向かって「人の彼氏とるの止めて」と言ってきた子もいた。

今塚田君と付き合い出したらその再来だ、二度も同じ過ちを繰り返したくない。

それに付き合っても違いすぎるよ、塚田君と私にあるのは過去の美化された思い出しかない。

こんなにモテる人と付き合ったら不安で仕方ないし、間違いなくすぐに捨てられてしまう。長くは付き合えないだろう。

あーもう塚田君のことも丸山さんのことも考えたくない。

寝ようとするのに眠れない。

携帯を見ると遠藤さんから誕生日おめでとうメールが届いていたので、お礼メールをした。

この間の謝罪とまた食事に行きたいと言われたので了承した。

一回の失敗で人を切り捨てていったら、一生結婚できない。

私は丸山さんでも塚田君でもない人を探さなければならないのだ。



結局、あまり眠れずに朝を迎えた。
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