第330話 別れの季節

文字数 1,607文字

あの後どうやって家に帰ってきたか覚えていない、気がついたら自分の部屋で茫然と座っていた。

真っ暗な暗闇の中で一人で涙を流していた。涙はどれだけ流れても無限に流れてくる。

次の日の日曜日も私は何をする訳ではなく部屋の中にいた。眠ろうとしても眠れない、お腹も空かない、喉も乾いていない。

ただ夜になって、明日学校だと思い出したところで正気に戻った。

とにかく何か少しでも飲んで食べて明日仕事に行かなくてはならない。

オゾンに買い物に歩いて行くとまた涙が溢れてきた、この道は彼とよく歩いた道だったからだ。

家に帰ってから何度スマホを見ても彼からの連絡はない、夜中少しでも物音がすると飛び起きて玄関を見に行ったけど彼はやっぱりいなかった。

「もう駄目なのかな」

そう呟いて目を閉じた。

彼がどれだけあの女のことを好きだったのか、どれだけあの女が帰ってくるのを待っていたのかは私がよくわかっている。

もう彼と会うことはないのだろう。そう頭では理解していても身体がついてこない。

夜中、気がつくと電話を握り締めながら寝ていた。


翌朝、学校へ行くと不思議と彼のことは薄れた。忙しく子供達と接していると忘れてしまう。

放課後子供達が帰った後、職員室に行こうと歩いていると、図書室に二人が居るのが見えた。


図書室の中にふらっと入ると涙が止まらない。真美先生が慌てて駆け寄ってきた。

「亜紀先生、どうしたんですか?」

美雪先生がボックスティッシュを持ってきて私の涙をふいてくれた。

「別れちゃったんだよね」そう言うと二人は顔を見合わせて「今日ご飯食べに行きますか?」「佐久平駅前に美味しい居酒屋ができたとか聞きました」と言ってくれ、結局十時まで私に付き合ってくれた。

直前にプロポーズされたなんて口が裂けても言えなかった、自分が惨めすぎるからだ。

「昔の恋人とよりを戻された」と言うと、真美先生が「まぁ昔の恋人とより戻したんだったら、もう仕方ないですって」と言い、美雪先生が「好きなだけ泣いたら、いつか涙は枯れるから大丈夫ですよ」と言ってくれた。

この二人は本当に優しい。

二人と別れ家に帰るとまた暗くて辛い気持ちが襲ってきた。

とにかくお風呂に入って明日の為に寝た。三月はとても忙しいのだ。体力をつけなくてはならない。

どこでどんな噂が流れてるのかわからないけれど、次の日の夜は美香先生と違う居酒屋にいた。

お子さんを旦那さんに頼んでまで私に付き合ってくれたみたいでまた泣けた。

美香先生は「昔の恋人とより戻そうが何しようが、別に誰が悪い訳じゃないからね」と言っていた。

そう別に誰が悪い訳じゃない。梅酎ハイを飲みながらこう呟いた。

「あんなに仲良くしてたのに、こんなに呆気なく別れるもんなんだなって」

「そんなものでしょ?恋なんて脆いの」

美香先生が言うことに素直に納得した。


次の日は何故だか敏雄先生の家にお呼ばれして、奥さんと敏雄先生両方から「失恋なんか後で思い返せば甘酸っぱい思い出だよ」と慰められた。

その次の日は今まであんまり喋った事がなかった旧森野派のさゆり先生、未知先生と居酒屋チェーンにいた。

二人とも私より歳が三つ下だけど、飲んでてすごく楽しかった。

話しにくいなって思わずにもっと話しかければ良かった。二人に「失恋の傷は新しい恋で治すしかないです」と言い切られ「流石にまだそんな気にはなれない」と笑った。

こんなに沢山の人が私のことを心配してくれている。

私は恵まれている。


他人といるときだけでも空元気を出さなくてはならない。これ以上心配かけられないし。

職員室の机でそんなことを考えていると、教頭先生が「東京の土産余った分全部山浦先生にあげるよ」と東京バナナを山ほど机に置いてくれた。

こんなに沢山の東京バナナをどうやって食べようと思ったけれど、教頭先生なりの優しさに感謝した。

それにあと三週間で卒業式と離任式と引越しを終えなくてはいけない、やる事はとにかく沢山あるのだ、頑張ろう。
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