第56話 ちゃんとした場所
文字数 2,673文字
「深い意味はないけど、丸山さんにも会えたし、余計なことだって楽しいじゃないですか」
深い意味はないけどを強調した、でも何だか強調し過ぎて深い意味があるような感じになってしまった。
彼はそんな私を見てフッと笑ったような気がしたけど、いつも通り明るく話し始めた。
「このダム散歩も余計なことだけど、あきちゃんと散歩ってだけで楽しいぜ、イェイロックンロール」
そう言って両手を広げて空を仰いだ。
「無理にテンション上げようとしないで下さい。もうこれで大丈夫です、場所も確認できたし、大体の時間も道のりもわかったし帰りましょう」
「よっしゃ、じゃあ帰りは何の話をしようかな。亜紀ちゃんが初めて好きになった男の話してよ」
六年生女子に毎年聞かれる恋バナを何故だか彼も聞いてきたので思わず笑ってしまった。
「恋バナ好きなんて、六年女子なんですか?」
「それと一緒にするな。俺はただ純粋に気になってるだけだから」と彼が笑った。
「純粋に気になるってそれこそ小六女子でしょ?」そう言って私も笑った。
「俺はね亜紀ちゃんが今まで好きになった奴のこと全部知りたい、じゃあ小学校の時好きだった人はどんな人?」
私が何と言おうと彼は無邪気な笑顔を私に向け聞き出そうとしている。思わずこっちまで微笑んでしまった。仕方ない恋バナに付き合おうか。
「一人だけいます。小5の時、一目惚れしたんです。こんなかっこいい人世の中にいるんだって。それ以来ずっとその人達のこと好きなんです」
彼はすぐに誰のことかわかったようで面白くなさそうな顔をした。
「ホワイトアンドブラックはいいから、一般人で答えて」
「一般人ってあの保育園からずっと一緒のメンバーのこと好きになる訳ないでしょ?」
「じゃあ中学の時好きだった男は?」
「荒れてたので授業中とかにふざける男子のこと滅茶苦茶嫌いでした」
「高校は?」「校則が凄く厳しい女子高だったんです。勉強も大変だったし、でも彼氏がいる友達が羨ましかったな」
「女子校かいいね、じゃあ大学は?」「大学?……」
私はそう言ったきり黙った。はっきりとした心当たりがあったからだ。
彼は満足そうに私を見た。
「じゃあその大学の頃付き合ってたやつのこと教えて」
何故だか焦りだし、口が勝手に喋り始めた。
「…別に付き合ってないです。少女漫画の主人公の相手役みたいな、凄く親切でカッコよくてスポーツ万能な同級生がいて、本当に優しくて。私のことも色々気にかけてくれて。
女子校だったから、本当にこんな人いるんだってびっくりしました。ああいう人と恋愛したかったなって四年間見てたって話です」
「何で付き合わなかったの?亜紀ちゃんならタイミングさえ合えば簡単に付き合えそうだけど」
「簡単に付き合えるって…塚田君っていうんですけど、塚田君にその気はないだろうし、それに弟達の世話でそれどころじゃなかったんですよね」
私がそう言うと彼は何も言わなかった。間を繋ごうと自分の思い出話を続けた。
「もう昔のことすぎて美化されまくってるから、今思い出しても素敵な人だったなって思いますね。私が熱出した時に、わざわざ実家まで来てくれて智と健と遊んでくれたりとか」
「…何だそれ、その男は今何してるの?」
「塚田君は群馬で教員してるっていう噂は聞いたことありますけど、卒業してから十何年会ってないから、どうなってるのかな?子供好きだし、凄くモテてたから今頃いいパパになってるだろうな」
彼は面白くなさそうに上空のヘリコプターを見上げ呟いた。
「俺自分で聞いといて腹立ってきたわ」
「それちょっと自分勝手すぎでしょ?」と笑うと「勝手だけど、腹立つもんは腹立つから。やっぱり聞くのやめる」と彼がブスッとした表情になった。
「小学生みたい」と思わず笑みがこぼれた。この人、こう言う一面もあるんだ。
二人で階段を降り始め、十段ほど降りた時に駐車場にもう一台の車が猛スピードで侵入し、急ブレーキで止まった。
「また若者達ですよ、ここ夜中はヤンキー達の集会所になってるみたいで、まぁここだったら誰にも迷惑かけないしいいっちゃいいんですけど」
彼が険しい顔で呟いた。
「あの車足立ナンバーだな、なんで東京から?」
「県外からも来るなんて初めて聞きました、なんなんでしょうね」
階段を降り終わったその時だった。その車から女の人の悲鳴が聞こえたよう気がした。ギョッとして丸山さんを見ると丸山さんはさっきよりも険しい表情をしていた。
「走るぞ、車まで」
次の瞬間、丸山さんに手を引かれ走り出した。車まで約10メートル丸山さんが助手席側のドアを開ける「早く乗って」言われるがままシートに座った。
「何があっても車の鍵開けるな、絶対に!それと警察呼んで」
私は頷くしかできない、まさか丸山さんは助けに行こうとしてるのでは、慌てて丸山さんの袖を引っ張った。
「丸山さん、だめです。警察が来るの待ちましょう」「何言ってんだよ!その間に誰かがひどいことされたらどうすんだよ!」
そう言うとドアを勢いよく閉め黒い車に走っていってしまった。私は丸山さんを助けにいくわけではなく言われたとおりに鍵を閉めた。
生まれて初めて110を押した。「今女性の悲鳴が黒い車から聞こえて、場所はダム駐車場でできるだけ早く来てください、今一人で助けに行っちゃって」
電話を切り終わると同時に丸山さんが黒い車に何やら呼びかけてるのが聞こえた。
「すいません、ちょっといいですか?すいませーん!」
丸山さんが車をどんどん叩きだすと中から男が一人出てきた。顔はよく見えないけれど、黒髪短髪の四十代ぐらいだろうか。
丸山さんはその男が静止するのを振り払い、車の後部座席のドアを開けた。中からもう一人違う男が出てきた、年齢は同じく四十代くらいだろうか、丸山さんが何か言うとその男に襟首を掴まれた。
けれど平然とその男達に何かを言っている。次の瞬間、丸山さんの体がとんだ。がたいがいい男に殴られたのだ。
丸山さんは立ち上がるともう一人の男に背後から蹴られた。二対一でどうやっても勝ち目なんかない。
毎日喧嘩に明け暮れてたってタイプでもない、寧ろいい所のお坊ちゃんタイプ
喧嘩なんかしたことないくせにどうして助けに行ったの。丸山さんが怪我しちゃうじゃん。
私が今出て行った所で火に油、というか怖くて足がすくんで動けない。
深い意味はないけどを強調した、でも何だか強調し過ぎて深い意味があるような感じになってしまった。
彼はそんな私を見てフッと笑ったような気がしたけど、いつも通り明るく話し始めた。
「このダム散歩も余計なことだけど、あきちゃんと散歩ってだけで楽しいぜ、イェイロックンロール」
そう言って両手を広げて空を仰いだ。
「無理にテンション上げようとしないで下さい。もうこれで大丈夫です、場所も確認できたし、大体の時間も道のりもわかったし帰りましょう」
「よっしゃ、じゃあ帰りは何の話をしようかな。亜紀ちゃんが初めて好きになった男の話してよ」
六年生女子に毎年聞かれる恋バナを何故だか彼も聞いてきたので思わず笑ってしまった。
「恋バナ好きなんて、六年女子なんですか?」
「それと一緒にするな。俺はただ純粋に気になってるだけだから」と彼が笑った。
「純粋に気になるってそれこそ小六女子でしょ?」そう言って私も笑った。
「俺はね亜紀ちゃんが今まで好きになった奴のこと全部知りたい、じゃあ小学校の時好きだった人はどんな人?」
私が何と言おうと彼は無邪気な笑顔を私に向け聞き出そうとしている。思わずこっちまで微笑んでしまった。仕方ない恋バナに付き合おうか。
「一人だけいます。小5の時、一目惚れしたんです。こんなかっこいい人世の中にいるんだって。それ以来ずっとその人達のこと好きなんです」
彼はすぐに誰のことかわかったようで面白くなさそうな顔をした。
「ホワイトアンドブラックはいいから、一般人で答えて」
「一般人ってあの保育園からずっと一緒のメンバーのこと好きになる訳ないでしょ?」
「じゃあ中学の時好きだった男は?」
「荒れてたので授業中とかにふざける男子のこと滅茶苦茶嫌いでした」
「高校は?」「校則が凄く厳しい女子高だったんです。勉強も大変だったし、でも彼氏がいる友達が羨ましかったな」
「女子校かいいね、じゃあ大学は?」「大学?……」
私はそう言ったきり黙った。はっきりとした心当たりがあったからだ。
彼は満足そうに私を見た。
「じゃあその大学の頃付き合ってたやつのこと教えて」
何故だか焦りだし、口が勝手に喋り始めた。
「…別に付き合ってないです。少女漫画の主人公の相手役みたいな、凄く親切でカッコよくてスポーツ万能な同級生がいて、本当に優しくて。私のことも色々気にかけてくれて。
女子校だったから、本当にこんな人いるんだってびっくりしました。ああいう人と恋愛したかったなって四年間見てたって話です」
「何で付き合わなかったの?亜紀ちゃんならタイミングさえ合えば簡単に付き合えそうだけど」
「簡単に付き合えるって…塚田君っていうんですけど、塚田君にその気はないだろうし、それに弟達の世話でそれどころじゃなかったんですよね」
私がそう言うと彼は何も言わなかった。間を繋ごうと自分の思い出話を続けた。
「もう昔のことすぎて美化されまくってるから、今思い出しても素敵な人だったなって思いますね。私が熱出した時に、わざわざ実家まで来てくれて智と健と遊んでくれたりとか」
「…何だそれ、その男は今何してるの?」
「塚田君は群馬で教員してるっていう噂は聞いたことありますけど、卒業してから十何年会ってないから、どうなってるのかな?子供好きだし、凄くモテてたから今頃いいパパになってるだろうな」
彼は面白くなさそうに上空のヘリコプターを見上げ呟いた。
「俺自分で聞いといて腹立ってきたわ」
「それちょっと自分勝手すぎでしょ?」と笑うと「勝手だけど、腹立つもんは腹立つから。やっぱり聞くのやめる」と彼がブスッとした表情になった。
「小学生みたい」と思わず笑みがこぼれた。この人、こう言う一面もあるんだ。
二人で階段を降り始め、十段ほど降りた時に駐車場にもう一台の車が猛スピードで侵入し、急ブレーキで止まった。
「また若者達ですよ、ここ夜中はヤンキー達の集会所になってるみたいで、まぁここだったら誰にも迷惑かけないしいいっちゃいいんですけど」
彼が険しい顔で呟いた。
「あの車足立ナンバーだな、なんで東京から?」
「県外からも来るなんて初めて聞きました、なんなんでしょうね」
階段を降り終わったその時だった。その車から女の人の悲鳴が聞こえたよう気がした。ギョッとして丸山さんを見ると丸山さんはさっきよりも険しい表情をしていた。
「走るぞ、車まで」
次の瞬間、丸山さんに手を引かれ走り出した。車まで約10メートル丸山さんが助手席側のドアを開ける「早く乗って」言われるがままシートに座った。
「何があっても車の鍵開けるな、絶対に!それと警察呼んで」
私は頷くしかできない、まさか丸山さんは助けに行こうとしてるのでは、慌てて丸山さんの袖を引っ張った。
「丸山さん、だめです。警察が来るの待ちましょう」「何言ってんだよ!その間に誰かがひどいことされたらどうすんだよ!」
そう言うとドアを勢いよく閉め黒い車に走っていってしまった。私は丸山さんを助けにいくわけではなく言われたとおりに鍵を閉めた。
生まれて初めて110を押した。「今女性の悲鳴が黒い車から聞こえて、場所はダム駐車場でできるだけ早く来てください、今一人で助けに行っちゃって」
電話を切り終わると同時に丸山さんが黒い車に何やら呼びかけてるのが聞こえた。
「すいません、ちょっといいですか?すいませーん!」
丸山さんが車をどんどん叩きだすと中から男が一人出てきた。顔はよく見えないけれど、黒髪短髪の四十代ぐらいだろうか。
丸山さんはその男が静止するのを振り払い、車の後部座席のドアを開けた。中からもう一人違う男が出てきた、年齢は同じく四十代くらいだろうか、丸山さんが何か言うとその男に襟首を掴まれた。
けれど平然とその男達に何かを言っている。次の瞬間、丸山さんの体がとんだ。がたいがいい男に殴られたのだ。
丸山さんは立ち上がるともう一人の男に背後から蹴られた。二対一でどうやっても勝ち目なんかない。
毎日喧嘩に明け暮れてたってタイプでもない、寧ろいい所のお坊ちゃんタイプ
喧嘩なんかしたことないくせにどうして助けに行ったの。丸山さんが怪我しちゃうじゃん。
私が今出て行った所で火に油、というか怖くて足がすくんで動けない。