第181話 クリスマスイブ

文字数 1,655文字

しばらくすると暗転し大歓声と共にしげちゃんと相方の北澤さんが出てきた。最初は漫才をするらしくマイクが正面に置かれている。

北澤さんがボケて彼が突っ込む度に会場に笑いがどっと起こる。客席を見ると中にはお腹をか抱えて笑っている人もいる。

人を笑わせられるって凄いことなんだな。
漫才をしている彼を初めてみたけれど凄くかっこよかった。

彼が言ってた舞台にかかる魔法とはこのことなんだろう。

マイクが片付けられ、椅子が二つ出てきた。次はコントをするらしい。警察官と犯人の掛け合いで北澤さんが犯人で彼が警察官の役をやっていて凄く面白かった。

ここに来ている1000人位の人達はみんな彼や北澤さんが好きなのだ。今まで気づかなかったけれど凄い仕事してるんだな。

コントが終わると、次はフリートークになった。面白おかしく北澤さんの家族の話や同僚芸人の話をしていた。

突然北澤さんがどこかで聞いたことがある話をしだした。

「俺の奥さんのクレジットカードの請求みたら先月12000円しか使ってなくておまけにそのうちの8000円ガソリン代だったんだよな。倹約家でいい奥さんだろ?」
しげちゃんが「……それ俺の彼女の話だろ」と突っ込んだ。
「あーSMクラブ行ってきてってせがんでくる頭おかしい彼女か」
「それ今ここで言う?」と彼が少し焦っている。予定にはなかったのだろう。

お客さんが笑うのと同時に智がこちらを向いた。
「姉ちゃんそんな変態的な趣味あるんだ」
大声で叫んだ口を美子ちゃんが押さえた。
恥ずかしすぎる。

「ちょっと違う話して」と彼が言うと北澤さんがまた話し始めた。
「俺の奥さんの家ど田舎にあるから、朝の六時に家出たら、村人からのお裾分けで玄関に野菜と卵と冷凍の猪肉置いてあるんだよな」
「それも俺の彼女の話だろ」
「お前の彼女って蝋燭なら垂らしてもいいって言ってくる頭おかしい彼女か」
「やめろ!今日はそれいうな」
「家に勝手に野菜置かれるってちょっと気持ち悪いけど、それ見て彼女何て言うの?」
「この置き方は山田さんかなって」

会場が笑いに包まれ智が「この間の朝だ」と私を指差して笑った。

「お前今日噂の頭おかしい彼女会場に呼んでるらしいな」
そう言いながら小指を立てた。会場が少し騒つくのを確認して北澤さんは舞台の上で叫んだ。「亜紀ちゃーんどこにいるの?」
「止めろ、名前呼ぶな!」
彼が静止すると会場が笑った。心臓が止まるかと思った。見つからないように必死に息を殺している。

すると隣に座っていた智が何故だか「はーい」と大声で返事をした。
会場が一層騒つく、周囲から「男?男?」とささやく声が聞こえる。
智の口を慌てて押さえた。

舞台上の北澤さんも戸惑っているように見えた。彼が慌てて否定する。
「あいつじゃないから!」

北澤さんが何かを取り繕うように「そ、そうなんだ。兄ちゃん目立とうとしすぎ」そう言い会場の戸惑いを笑いに変えた。

北澤さんは何を思ったのかそれ以上私の話に触れなかった。

最後にサインボールプレゼントと言って元野球部だった北澤さんがボールをバットで打ち客席に投げ入れていた。

お客さんみんなが騒いでいたので智が「兄貴!こっち、俺のとこに愛のボールちょうだい」と騒いでいたのも好きにさせることにした。

けれど心なしか私たちを見る関係者席の皆さんの目が狼狽ている気がする。

午後八時に「皆さん、よいクリスマスを」と言って舞台の幕が閉まった。閉演のアナウンスが流れてお客さん達が一斉に話し始めた。

美子ちゃんが私に耳打ちした。
「お姉さん絶対に勘違いされてますよね」
「うん、多分」 

そんな私達の心配をよそに「兄貴!ありがとう!イブに最高の愛を有難う!」と智がステージに向かって叫んだ。
関係者席にいる人達がギョッとこちらを見ている。

「今は隠す時代じゃないよね。堂々としててかっこいい」と誰かが言ったのが聞こえたので、二人がかりで智の口を押さえた。
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