第153話 一時間だけ

文字数 1,898文字

クラスの子がインフルエンザにかかったらしい。「お大事にして下さい」と電話を切ると深呼吸を一回し気合を入れて部屋に戻った。

「クラスの子インフルエンザになったみたい。気をつけなきゃね」
「もうそんな時期か」と彼は半年前のクレジットの明細書を眺めながら呟いた。今すぐ取り返したかったけれどさっきの場面が気まずくて近寄れないで彼をただ見つめていた。

彼が顔を上げ私をみるとフッと笑い「亜紀、俺の隣来て」と彼の隣に座らされ案の定キスしてきた。

彼はさっきの気まずさを甘いキスで誤魔化そうとしている。けれどそれでいい、「まだ付き合ったばっかりだから結婚なんて考えていない」という魔法を唱えて私も現実を見なかったことにした。

彼はキスを止め私の目を見つめた。
「高校生が授業抜け出して空き教室でキスしてるっていう設定でしたら余計興奮する」
「何その設定、私女子高出身だから」
そう言って彼の妄想を笑い飛ばした。

「女子高って響きがいいよね。18の頃の亜紀とキスしてるつもりでやるから、もう一回しよう」

言われた通りにキスしているとようやく彼の真意を理解した。

「ちょっと着替えてくる」と彼を無理やり離し洗面所で着替えて髪を直し、再び彼の隣に座った。

「あの山浦って名前入ってるジャージと髪型が良かったのに」と彼がいうので、「そういう店行ってたの?」「そんな店ねぇよ、いやあるか」
あるんだ……店に詳しすぎてドン引きだ、怪訝な顔で彼を見た。

「高校の時の卒業アルバム無い?」
「あるけど、そんなの見てどうすんの?」
「男なら誰でも女子高のアルバムって見たいだろ?」

そういうものなのだろうか?押入れからアルバムが入っている箱を出し、十何年ぶりにアルバムを開くと懐かしい高校の校舎の匂いがした。

「ほら女の子いっぱい、三組の子がすっごく可愛くて高校卒業後、東京でスカウトされて芸能活動してるとかなんとか」と言うと
「そんな子どうでもいいから、俺の気持ちをわかってるようでわかってないよな、何組だったの?」

彼が強引に私を見ようとしている気がしたので禁断の言葉を発した。

「でもその3組の子、AV女優として有名になって頑張ってるみたい」

急に彼はペコペコと何回も頭を下げた。
「見せて下さい、お願いします。3組のページちょっとだけ」
彼にその子の本名を教えるとスマホで検索し「木更津舞ちゃんだ!」と感嘆の声を上げた。
「知ってるの?」「知ってるも何も結構お世話になった」「お世話になったって言い方止めて」

彼は3組のページをウキウキでめくると感嘆の声を上げた。
「3組だった友達が言うには数年前のクラス会に現れて、最初みんな腫れ物に触るようにしてたんだけど、話してみると自分の仕事誇りに思ってて、凄くプロ意識が高くて、最終的には「頑張ってね」ってみんなで応援したんだって」

「当たり前だろ?舞ちゃんはな撮影の前日はな」
彼がずっと木更津舞ちゃんについて熱く語っている隙にそっと机の上の高校のアルバムを仕舞おうとした。

「この隙に片付けようってそうはいかないからな」と彼にアルバムを取り上げられた。
「亜紀は何組だったの?」

「……五組だけど、ちょっと待って見せていいかどうか今見るから」という私の声も聞かずに強引にページを巡り、見つけたようで笑い出した。

「何?そんなに変な顔してた?」
「写真は可愛いよ、でもヒッヒッヒ」と腹を抱えて笑い出した。

卒アルを奪い返して見ると写真の下に一言コメントが載っていてそこには「レイ君foeverハートchu」と書いてあった。

「ぎゃー!」私はアパート中に響き渡る声で叫んでしまった。昼でよかった、夜中だったら通報されていただろう。

「何これ、冗談で書いたのかも本気で書いたのかもわかんない」

そう言うと彼は相変わらず笑い転げているし、私はショックで灰になっている。

しばらく落ち込んでいると彼がまだ半分笑いながら「中学の卒アルは無難にホワイトアンドブラックLOVEで小学校のは将来の夢レイ君と結婚したいって実現不可能な事が書いてあったぞ。高校の一人勝ちだな」と言った。

「勝手にみないでよ!って夢ぐらい見たっていいでしょ?小6なんだから」と怒ると彼は笑いながら「夢見て行こうぜ!」と言った。


「ライブの曲に入る前のmcどこで覚えてきたの?あーもうムカつくわ」と呟くと「夢見て行こうぜ、wonderful dreamer」と叫んだ。

私は思わず吹き出した。

「ワンダフルドリーマーだったから許す」と言ってまた笑った。
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