第37話 習字が得意な人
文字数 1,695文字
「女問題の他にもその頃、色々と最低だったんだよ。変に調子に乗ってて、自分は漫才の天才だって、次に天下取るのは自分だって心から信じてた。
だから人への当たりが強かったし、周りにいる奴ら全員小馬鹿にして、とにかく嫌な奴だった。
そんなんだから相方の北澤との仲も最悪でさ、周りはいつ解散するんだってヒヤヒヤしてたみたい」
そう言って丸山さんは少し笑った。
「でも丸山さん、女性関係も含めて今はそんな人には見えないんですけど、何があったんですか?」
「何がって言われたら難しいけれど、謹慎してる時に家族からもう芸能界辞めて姉ちゃんの旦那さんがやってる会社に就職しろって言われてさ。
親戚にもうちの一族にお笑い芸人なんかいらないとかボロクソに言われて」
「今さらっと凄いこと言いましたね、育ち良すぎませんか?」と呟くと、
「失言だ、今の忘れて」と笑った。
「続き聞かせて下さい。聞きたいです」そういうと彼は穏やかに「わかった」と言った。
「その時に俺このまま辞めるの嫌だなって思って、俺は舞台の上で漫才してる時が何より好きだから、もう一度戻りたいって思ったんだよね。
だから自分の生活一から変えようって思って、頑張った。
まず色んな人に積極的にコミュニケーション取って、飲みの誘いも用事がない限り断らないようにした。
北澤ともちゃんと毎日話すようにしてさ、先輩の話もちゃんと聞くようになったし、事務所が入れるしょうもない仕事も全力でやるようになったしさ」
何故だか真剣に語ってくれた丸山さんを可愛く思えてきてしまった。
「昨日の夜中に目が覚めちゃって、テレビつけたら丸山さんでてました。その前を見てないので何でそうなったか、わからないですけど、SMの女王様にムチでビシって叩かれて
「許して下さい、風俗嬢の皆さんにキスしたり舐めたくないんです」って叫んでて、馬鹿馬鹿しくて夜中なのに凄く笑っちゃいました」
「…それここ何年かで一番やばい仕事、何で見てるの?そして凄くうけてるし…」
彼が気まずそうな顔をしていたけれど、私はどうしても彼に言いたかった。
「後この間北澤さんと二人でブーメランパンツみたいなの履いてヌルヌルした液体みたいなの沢山撒いてある所で相撲とっててすっごい面白かったです。
学校で子供達もすっごく面白かったって、ひろくんはあれ以来丸山さんのこと大好きだから天才だって騒いでました」
「あーゆう子供喜ぶ仕事、北澤がやりたがるんだよね。俺は心の中で嫌だなって思ってたけれど、亜紀ちゃんが笑ってくれるなら喜んでやるよ」と彼は苦笑いした。
「あといつもやってる動物に追いかけられるのもすごく面白いです」「俺が動物と子供嫌いだから、あの事務所そういう仕事ばっかりいれてくんだよ」
「でも普段近寄り難そうな丸山さんの人間味が感じられるっていうか親しみわきますよ」
「あいつらそんなこと考えて仕事入れてないから、結果的にそうなってるだけ」
「えーそうなんですか」「そうなんです」とテレビでよく見せる神経質な表情で丸山さんが言ったので笑ってしまった。
丸山さんが髪の毛を触りながら喋り出した「あのさ、俺もう五年前に女遊びもう二度としないでおこうって思って。遊ぶならちゃんと金払ってプロのとこ行こうって誓ったんだ、もう絶対素人には手出さない、声かけない」
私はその話を聞いて一か所引っかかった、私も素人なんだけど。
そんな私の引っかかりが顔に出てしまったようで「私も素人なんだけどって今思ったでしょ?」と言われたので素直に認めることにした。
「まだ丸山さんが私のこと好きだって言ってくるの信じたわけではないですけど、そう思っちゃいました」
丸山さんはいつものペースを掴んだように「俺は浅はかな気持ちでは、絶対に素人には声かけない。久しぶりにこの子ならちゃんと付き合いたいなって思ったから、今日ここに来てる」と言い切った。
突然の口説き文句に思わず言葉が出なくなる。
その時だった、玄関のチャイムがピンポーンと鳴った。「嫌な予感がする」