第317話 逃げる男
文字数 1,426文字
「あの、智はいつからいなくなりました?」
「夜中の四時ぐらいかな、どこいっちゃったんだろう」
美子ちゃんのお父さんは明らかに困惑していた。
智と美子ちゃんが結婚するとなった時のことだった。
美子ちゃんのお父さんとお母さんに「両親はあんなんだし、弟は本当に馬鹿だしどうしようもない男なんですけどいいんでしょうか?」と聞いた。
するとお父さんは優しい眼差しで「娘が選んだ人だから、智君はきっと素晴らしい人なんだよ」と言ってくれた。
あのお父さんの気持ちを裏切る様な真似しやがって絶対に許さない。
実の息子のように優しくしてくれてるお母さんの気持ちも無碍にして絶対に許さない。
「智、すぐに探して病院に連れていきますので!」
そう言って電話を切った。
電話を切った後もまだ鼓動が止まらない。「何?智どうかしたの?」
後ろで重ちゃんがあくびをしながら言った。
「何かあった?」
「……美子ちゃんに陣痛が来たんだって」
「もうすぐ産まれるのか、智も父親になるんだな。あいつがパパって信じられないな」
重ちゃんはそう笑ったけれど、私の様子がおかしいことに気がついたようだ。
「何かあったんだろ?」
こんなこと立派なお家の出の重ちゃんに話してもいいものか判断がつかない。お姉さんは都議会議員でお兄さんは義政先生で本当に羨ましい。
何で智はあんなんなのだろう。
「亜紀、困ったことや悲しいことを一人で背負いこむのもう止めろ、俺にもちゃんと話して」
彼にそう言われたので震える口で何とか話し始めた。
「……智がいなくなったんだって。陣痛が来た時にちょうど美子ちゃんの実家泊まらせて貰ってて、「俺は父親になりたくない」って叫んでどこかに行ったんだって」
彼も何と言ったらいいかわからずその場に立ちすくんでいた。そして数秒後こう言った。
「……あいつ……今から智探しに行こう」
二人で急いでアパートを出て駅に向かうと運良く、東京行きの新幹線に乗ることができた。
「ほら、飲み物買ってきたから、少し飲んで落ち着いて」
重ちゃんがペットボトルのお茶を席のテーブルを出して置いた。
「……今頃美子ちゃんは陣痛と戦ってるのに智のやつ」
「美子は今一人でいるの?」
「お父さんは仕事があるから、お母さんが付き添ってくれてるって」
「じゃあいいじゃん」
気楽に言ったしげちゃんを睨んだ。男の人達はこう言う時にどうにも実感が湧かないというのは本当らしい。
しばらく無言で外の景色を眺めていたら、しげちゃんが話しかけてきた。
「智は今25だろ?もう二十歳過ぎたいい大人だ。亜紀が責任を感じることじゃない」
彼はそう言ってお茶を一口飲んだ。
「智が8歳の頃から私が育ててるみたいなもんだから責任感じるよ。よりにもよってこんな時に逃げてさ」
そう言って大きなため息をついた。
「親がいない子って後ろ指差されないように、できるだけ厳しく育てたつもりだったけれど、駄目だった」
「人間生まれ持っての素質ってあるからな」
彼はそう言って何も言わなかった。
だから私も暫く雪が積もった山を車窓越しに眺めていた。早朝で誰もいない車内では新幹線の走行音が響いている。
しばらくすると彼が口を開いた。
「今は智を探し出してちゃんと産院に連れて行く。でもこれが終わったら、もう姉ちゃんで母ちゃんの役目は終わりだ」
確かに私があいつの尻縫いをいつまでもしているのはおかしい。
彼は更に言葉を続けた。
「他人の心配はもうやめて、自分のことを考えて欲しい」
何を言おうとしているか意図がわからず彼を見つめた。
「夜中の四時ぐらいかな、どこいっちゃったんだろう」
美子ちゃんのお父さんは明らかに困惑していた。
智と美子ちゃんが結婚するとなった時のことだった。
美子ちゃんのお父さんとお母さんに「両親はあんなんだし、弟は本当に馬鹿だしどうしようもない男なんですけどいいんでしょうか?」と聞いた。
するとお父さんは優しい眼差しで「娘が選んだ人だから、智君はきっと素晴らしい人なんだよ」と言ってくれた。
あのお父さんの気持ちを裏切る様な真似しやがって絶対に許さない。
実の息子のように優しくしてくれてるお母さんの気持ちも無碍にして絶対に許さない。
「智、すぐに探して病院に連れていきますので!」
そう言って電話を切った。
電話を切った後もまだ鼓動が止まらない。「何?智どうかしたの?」
後ろで重ちゃんがあくびをしながら言った。
「何かあった?」
「……美子ちゃんに陣痛が来たんだって」
「もうすぐ産まれるのか、智も父親になるんだな。あいつがパパって信じられないな」
重ちゃんはそう笑ったけれど、私の様子がおかしいことに気がついたようだ。
「何かあったんだろ?」
こんなこと立派なお家の出の重ちゃんに話してもいいものか判断がつかない。お姉さんは都議会議員でお兄さんは義政先生で本当に羨ましい。
何で智はあんなんなのだろう。
「亜紀、困ったことや悲しいことを一人で背負いこむのもう止めろ、俺にもちゃんと話して」
彼にそう言われたので震える口で何とか話し始めた。
「……智がいなくなったんだって。陣痛が来た時にちょうど美子ちゃんの実家泊まらせて貰ってて、「俺は父親になりたくない」って叫んでどこかに行ったんだって」
彼も何と言ったらいいかわからずその場に立ちすくんでいた。そして数秒後こう言った。
「……あいつ……今から智探しに行こう」
二人で急いでアパートを出て駅に向かうと運良く、東京行きの新幹線に乗ることができた。
「ほら、飲み物買ってきたから、少し飲んで落ち着いて」
重ちゃんがペットボトルのお茶を席のテーブルを出して置いた。
「……今頃美子ちゃんは陣痛と戦ってるのに智のやつ」
「美子は今一人でいるの?」
「お父さんは仕事があるから、お母さんが付き添ってくれてるって」
「じゃあいいじゃん」
気楽に言ったしげちゃんを睨んだ。男の人達はこう言う時にどうにも実感が湧かないというのは本当らしい。
しばらく無言で外の景色を眺めていたら、しげちゃんが話しかけてきた。
「智は今25だろ?もう二十歳過ぎたいい大人だ。亜紀が責任を感じることじゃない」
彼はそう言ってお茶を一口飲んだ。
「智が8歳の頃から私が育ててるみたいなもんだから責任感じるよ。よりにもよってこんな時に逃げてさ」
そう言って大きなため息をついた。
「親がいない子って後ろ指差されないように、できるだけ厳しく育てたつもりだったけれど、駄目だった」
「人間生まれ持っての素質ってあるからな」
彼はそう言って何も言わなかった。
だから私も暫く雪が積もった山を車窓越しに眺めていた。早朝で誰もいない車内では新幹線の走行音が響いている。
しばらくすると彼が口を開いた。
「今は智を探し出してちゃんと産院に連れて行く。でもこれが終わったら、もう姉ちゃんで母ちゃんの役目は終わりだ」
確かに私があいつの尻縫いをいつまでもしているのはおかしい。
彼は更に言葉を続けた。
「他人の心配はもうやめて、自分のことを考えて欲しい」
何を言おうとしているか意図がわからず彼を見つめた。