第112話 勿忘草

文字数 1,273文字

「東京のおばさんって私見たことあるかな?」
「あるよ、亜紀ちゃんのお母さんの葬儀に来てくれた髪の長い人だよ」

十何年前の記憶を辿る、顔見知りのおじさんおばさん達の中、一人だけ知らない女の人がいて、私によく似ているので「親子みたいだ」と周りの人に言われていたことを思い出した。その人は東京に住んでいると言っていたはずだ。

「あの人か。何となく覚えてる」
私がそう言って頷くと智は残念そうにこう呟いた。
「俺は8歳だったから全く覚えてねぇな」

東京のおばさんの話はこれで終わった、はずだった。高山のおばちゃんがふと健のことを思い出したようだ。

「健くんは元気?」
「元気だよ、今ドラマのオーディション一つ最終選考まで残れたんだって」
「それはすごいね、実は健くんのお母さんが健くんの連絡先知りたがっとるんだけど」

健の本当のお父さんとお母さんはここから車で十分程度行った所に住んでいる。体格がいいお母さんと、お母さんの半分ぐらいの大きさのお父さんだ。

私は健の保護者だけど正式な保護者ではない。大事な書類の保護者欄には私の名前は書けないのだ。健の高校進学と専門学校進学の時に提出する書類の印鑑を貰いに本当のお母さんとお父さんを尋ねると「家に損害来ないでしょうね」と凄まれ、お父さんに「すまないね」と嫌々印鑑を押して貰った。

あの二人には他に子供はいない、どうしてここまで自分の子供に冷たく居られるのだろうか。

高山のおばちゃんは性善説で生きているような人間だ。だから健のこといないように、見えてないかのように生活していたあの人の伝言でもこうやって伝えてしまう。

「おばさん、折角だけど流石に健会わないと思うよ」と言うと智も追随する「そうだよ、顔も見たくないと思うけど」

おばさんが慌てて訂正した。
「違うよ、後妻さんじゃなくて本当のお母さんの方、この間お父さんの事で連絡したら今の旦那さんにやっと会っていいって言われたって喜んでたんよ」

サスペンス劇場では崖の上で「私があなたの本当のお母さんよ、会いたかったわ」と真実を知り涙の再会を果たすが、現実ではこんな形で呆気なく真実がわかる。

「えっ、何それ?どういうこと?あの人、健のお母さんじゃなかったの?」
「あの半魚人みたいなおばさんが健の母さんじゃないってどういうことだ」

私と智が混乱しているとおばさんも混乱した。私達が知らなかったのを知らなかったようだ。

「えっ、健くんの本当のお母さんは東京のおばさんだよ。もしかして亜紀ちゃん達知らなかった?」


智は更に混乱していて頭の上にはてなマークがいくつか見えた。

「ちょっと待って頭が混乱してて、健が親しい親戚の気がしてきたんだけど、私こういうの頭で整理するの苦手なんだよ。誰か紙とペンを」

冷静で頭が回るしげちゃんが事態を整理してくれた。

「とにかく落ち着け、父親の妹の子供ってことだから、要するに従兄弟だろ?」

私より先に智が「うぇぇぇ!!」と叫んだ。私も「嘘でしょ?全然知らなかった……」と目を閉じた。
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