第263話 深夜の訪問者

文字数 986文字

「その時に塚田君と二人でどこに行ったの?」
「東京だよ、東京。詳細は覚えてないけれど、渋谷行って浅草行って、東京タワー行って夜のお台場行って帰ってきた。夜のお台場の海でカップルがいっぱい居る中、今は付き合えないけれど、またどこかで会えたら付き合ってくれって言われた」
ここまで言ってもいいのかという疑念はあるけれと、そうした方が彼も安心するのだろう。

「その約束を今までずっと待ってたの?」
「待ってた訳ではない、女というか私は今の恋人が全てだし、そこまで昔の恋なんか気にしてない。どこかで会えたらいいな、その時に禿げてたり太ってたりして欲しくないなとは思ってるけれど」

彼がホッとしたように私を抱きしめた。彼は要するに自分のことを愛しているのか、塚田君のことを今どう思ってるのか知りたかったらしい。何でこんな単純な事を見失っていたのだろう。私は馬鹿なのだろうか。

「さっきは嫉妬に狂って責めて本当に悪かった」
彼が素直に謝ってきたのが可愛くて彼の頭を撫でた。

ふと二月に大学の何周年かを記念した同窓会があり社会科コースの幹事をする友達から絶対に来てねと言われていることを思い出す。

嫉妬深い彼に心配されて面倒なことなりそうだ。けれど久しぶりに大学の友達に会いたいし行きたい。

さてどうしたものか……

同窓会の直前に彼の機嫌が良さそうなときに話そう。
そしたらブツブツ言われる期間も短くなるし、というか塚田君がまだ独身であの約束を果たそうとしているなんてことは天と地がひっくり返ってもある訳ない。

抱きしめられながらそんな事を考えていた。暫くすると私を離しまた目を見つめた。

「後一つ聞いてもいい?お母さんはずっとそんな調子だったの?」
「最初は鬱だって言われてたんだけど、亡くなる半年前からはちょっと酷くなっちゃったんだよね。見えないものが見えたり、夜中に消えて居なくなりたいって急にふらっと居なくなったり」

当時を思い出すとつらくなりビールを飲んだ。
彼は何も言わずにただ私を見ている。

「だから智と健の世話は別にいい、子供って可愛いし。けれどお母さんの世話が一番大変だった、居なくなって他人に迷惑かけることもしょっちゅうだったし。お母さんが川から見つかった時に悲しむより先に「良かった、これで少し楽になる」って人でなしなこと思ってたんだよ」

彼は「仕方ないよ」と私の肩を抱くとまた暫く何にも言わなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み