第38話 習字が得意な人

文字数 1,046文字

「あーもしかしたら弟が来たかもしれないです。あーもう最悪、居留守使いましょう。馬鹿だから丸山さん来てることにテンション上がって変なことしそう」

「出ても大丈夫、ちゃんと挨拶したいから」と丸山さんが余裕たっぷりに言った。

…ちゃんと挨拶って、どう言うことなんだと思いながらも渋々戸を開けた。


そこには高崎に住んでいる実の弟の智(さとし)ではなくて、東京に住んでいる血の繋がらない弟の健(けん)が立っていた。

「健!こっち帰って来てるなら教えてよ」
二ヶ月ぶりに会う弟の元気な姿に思わず顔が綻んだ。

「昨日の夜、彼女に振られたんだ」
「あの女優目指してる可愛い子?」
「うん、ほかに好きな男ができたんだってさ」

健は肩を落として床を見た。
「あーそうなんだ、でも仕方ないよね。若いんだからもっと他に沢山女の子いるよ」

「だから今朝勢いで湘南新宿ラインに飛び乗って高崎まで帰ってきた。ただいまー」

彼は玄関に男物の靴があったことに気がつかず、ズカズカと家に上がって台所を通り過ぎ、部屋の戸を開けようとした。

「ちょっと健、ちょっと待って!」私が静止したのも効かずに健は部屋へと繋がる戸を開けて、丸山さんと鉢合わせしてしまった。

健は丸山さんを見て混乱している。
「…あれ…丸山さん?何で?何で?ここスタジオだっけ?」

丸山さんは「何かイメージと違って男前だね、でも何か似てる。弟さんはじめまして」と挨拶をはじめた。

正直に言うと丸山さんを好きになりかけてた。けれども神様はそうはうまくいかせない、こんな時に限って健がやってくる。

私は淡い恋心を諦め、丸山さんに洗いざらい話す決心をした。

「あの、丸山さん実は私、弟が二人でいるんです。この子は弟なんですけど、私の血の繋がった弟ではないんです」

そう言うと丸山さんは呆気にとられた顔をした。

玄関から「姉ちゃん健連れて来たよー」と智の声が聞こえて来た。

部屋に顔を出した智を見て丸山さんは「こっちの弟さんは坊主で人が良さそう。イメージ通りだな」と呟いた。

智は暫く丸山さんを見つめていた。すぐに思い出したようだ。

「うわわっ!丸ちゃん!えっなんで!?なんでいるの?何かネタで絡んで来たって聞いたけど、本当に姉ちゃんが好きだったの?うわっ!嬉しい!やった!兄ちゃんって呼んでもいい?」

「あーもう馬鹿!ちゃんと丸山さんって呼びなさい、敬語も使いなさい!失礼でしょ!」

私がそう言うと智が慌てて口を押さえた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み