第130話 夜の街で

文字数 1,761文字

翌日の水曜日の夜、仕事から疲れ果てて帰ってきた午後八時、いつものように彼から電話がかかってきた。けれど何故か様子が変だ。

「亜紀ちゃん欲しいものない?何か買ってあげようか?」
唐突なご機嫌取りに不信感を抱く。
「何?いきなりどうしたの?」
「いや、亜紀ちゃんの欲しいもの買ってあげたい気分なんだよね」
「えーっ、何か変。自分でも欲しい物見つからなくて困ってるのに人に言えるわけないじゃん」

そう冷たく突き放すと普段はそれ以上何も言わない、けれども今日はしつこく私の欲しい物を探そうと粘ってくる。


「じゃあホワイトアンドブラックのサイン貰ってきてあげる」
単純な私はこの発言で不信感を一瞬無くすことができた。
「えっ、本当?そんな事できるの?」
「何かルートを考える、友達の友達は友達だ」

すぐに大切な約束を思い出す。

「あっでもそれは健と約束してるんだよね。いつかホワイトアンドブラックと話せるぐらいになってサイン貰ってきてくれるって、だから貰って来なくていいや」

健とした約束を例え恋人だろうか他の人に果たされる訳にはいかない。

「わかった、じゃあ今度どこか行こうか、札幌行ってみたいって言ってただろ?札幌行って寿司食ってホワイトアンドブラックの卒業した高校とか実家観にいこう」

「ホワイトアンドブラックTAXI……自分だってファンの人にそんな事されたら嫌でしょ?私はせいぜい6ちゃんねるに常駐してるぐらいで、プライベートまで侵略する悪質なファンにはなりたくない」

「掲示板に常駐して悪口書いてるのも悪質なファンだぞ」

「悪口滅多に書かないから!たまに可愛さ余って憎さ百倍になることがあるからそん時だけ」
「書いてんのかい!」

ついつい余計な事を言い過ぎる、私の悪い癖だ。
「やっぱり自分の6チャンネルの掲示板って見るの?」
「俺は調子乗ってるなって自覚すると時々見るよ。熱狂的なファンの人達が耳が痛いこと書いてくれてるから」

「うわっ、観てるんだ。レイくん、嵐くん、三郎くん、フクロウくんグッズがダサいって書き込んでごめんなさい。もう二度と書きません」

「何でそのダサいやつ沢山買うんだよ、結局化粧ポーチ気に入って使ってんだろ」
私が持ち歩いてる化粧ポーチ、いつの間にグッズだって気がついたんだろう。

「あーもう今はホワイトアンドブラックのことはもういいんだよ、じゃあ沖縄でも行く?」
ふとここで根本的なことに気がついた。

「私の休みに合わせて休み取れるの?」
「一月に二日間とれる」
「一泊二日で沖縄はちょっと、せっかく行くんだからせめて二泊ぐらいしたいかな」
「じゃあ近場の温泉でも行く?」

「それだったら一泊でもいいかな……っていうか怪しすぎるんだけど、何でそんなに私の機嫌取ろうとするの?」

私の問いに彼が一瞬言葉に詰まったのがわかった。

「機嫌取ろうとしてないよ、亜紀ちゃんを喜ばそうと思ってるだけだよ」
「何か変」

そう言うと彼は数秒沈黙した後にこんな事を言い出した。
「……わかった、亜紀ちゃん結婚するか、今度会った時に婚姻届書こう」

この人は結婚を何だと思っているのだろう、その場を凌げれば結婚なんて一つの道具に過ぎないのだろうか。

「ちょっと待って、ご機嫌とりで結婚するかって言われても一つも嬉しくないから!明日でる週刊誌にそんなに私が怒ること載ってるの?浮気?」

「俺は断じて浮気は絶対にしていない、愛してるのは亜紀ちゃんだけ」
「……怪しい」
「とにかく絶対に見ないで、買わないで、お願いします」




翌日木曜日の夕方、例の写真週刊誌の発売日だったので仕事を早めに切り上げオゾンモールの本屋までやってきた。

あそこまで見るなって言われたら、余計に気になる。

週刊誌コーナーに行くと例の雑誌が山積みになっていた。

一冊手に取るとセクシーな女の人の表紙の左側に白文字で縦にこう書いてある。「懲りない男、ラビッツ丸山休日ソープ通い」横に「丸山寵愛のソープ嬢激白彼との熱い夜、決意のフルヌード」との文字も並んでいた。

彼が買わないで見ないでと言っていたけれど、そんなことは頭からポンと音を立てて抜けた。一冊手に取ると足早にレジへと持っていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み